臨床の専門家が日常的に“いる”環境が、子どもと先生を同時に救う。「人ひとりは大切なり」を具現化するサポートセンターとは?
京都市にある同志社中学校には、創立者・新島襄が残した「人ひとりは大切なり」という言葉が今も息づいている。この建学の精神を具現化するように、同校では約20年前から、臨床心理士や専門家が日常的に学校運営に関わり、教員とチームを組んで生徒を支援(サポートとケアする)する体制を築いてきた。
2007年の特別支援教育の法制化を機に設置された「サポートセンター」には、毎日1〜2名の専門スタッフが在室。不登校傾向の生徒や発達特性を持つ生徒への個別支援だけでなく、30年以上続く定例カンファレンスを含めたカウンセリング体制、生徒支援専門スタッフとの連携による教員が一人で問題を抱え込まないシステムが、学校全体の文化を形づくっている。
「指導」の前に「理解」と「共感」を。そして、一人ひとりの先生をサポートする持続可能な仕組みとは。長年、同校のシステム整備に取り組んでこられた副校長の竹山幸男さんに、臨床心理の視点が日常にある学校のあり方について話を聞いた。
社会科教諭として赴任後、2006年よりカウンセリングやサポート体制構築に従事。2007年、臨床心理の専門家が常駐し心理的支援を行う「サポートセンター」を校内に設置。100校以上の視察を経て「教科センター方式」の新校舎設計にも関わった。「人ひとりは大切なり」の精神を軸に、教員が一人で抱え込まずチームで支える「臨床の視点」を重視した学校運営を推進している。共著に『私学流 多様性をインクルージョンする』がある。
「起きたできごと」よりも「背景へのまなざし」を大切にする文化
——同志社中学校で、臨床心理や特別支援教育の視点をこれほど重視されるようになった原点はどこにあるのでしょうか?
もともと同志社はキリスト教主義の学校ですから、「一人ひとりが神様から愛された、かけがえのない存在である」という人間観が根底にあります。イエス・キリストが99匹の羊を残して、迷える「1匹」を追い求めたという話がありますが、たとえ失敗したとしても一人ひとりが立ち直る機会を保障するのが私たちの教育観です。

かつて多くの学校現場では、何か問題が起きると、起きたできごとのみに着目し、その行為を重点的に指導対象とするいう時期がありました。しかし、キリスト教の視点に立てば、人間は誰しも弱さや罪を抱えた存在です。
単に叱るのではなく、「なぜその行動に至ったのか」という背景にあるストレスや特性、家庭環境などの理由にアプローチし、どう導いていけるかを考える。そのために「臨床のレンズ」が必要だったのです。私自身、担任をしていた頃に痛感したのは、従来の「指導」の形態だけでは、どうしても届かない子どもたちがいるという現実でした。
——「指導」だけでは届かない。そこに、どのような課題を感じておられたのですか?
例えば、不登校傾向にあったり、教室でトラブルを起こしてしまったりする子の背景には、実は発達特性ゆえのしんどさや、家庭環境、目に見えないストレスが隠れていることが多いものです。そのような背景があるのに「なぜ」と叱るだけでは、状況は悪化するばかりです。
そこで必要だったのが、行動の表面だけを見るのではなく、その子の内側で何が起きているのかを専門的な知見で読み解く「臨床のレンズ」でした。2007年の特別支援教育の法制化という追い風もありましたが、本校にとっては、キリスト教主義教育の理念に基づく「人ひとりは大切なり」の教育観を具体化するために、臨床心理の力が必要不可欠だったのです。
ベニヤ板から始まった「サポートセンター」という居場所
——その「臨床のレンズ」を体現する場所として校内に設置されたのが「サポートセンター」ですね。そもそも、どのような場所なのでしょうか?
サポートセンターは、一言で言えば「子どもたちが安心して自分を取り戻せる拠点」であり、同時に「専門的な支援を教室へとつなぐ架け橋」です。
2007年に立ち上げた当初は、専用の立派な部屋があったわけではありません。教員が自分たちでベニヤ板を運んできてパンパンと叩いて間仕切りを作り、カーテンを引くような手作り感満載のスタートでした。
まずは、教室に入りづらくなった子や、人間関係で疲弊した子が、誰にも邪魔されずにホッとできる「居場所」を確保することが先決だったからです。

——現在は、どのようなスタッフが関わっているのでしょうか?
臨床心理士などの専門家や、公認心理師を目指す大学院生の「学生サポーター」と共に、毎日1〜2名の専門スタッフが関わっています。 彼らは、ただ部屋に座って待っている「外部の人」ではありません。
休み時間に生徒とボードゲームをしたり、時には教室での授業の様子を観察したり、担任と一緒に保護者の方と面談したりもします。臨床心理の専門家が日常的に校内を回りながら、教員や生徒と雑談を交わしている。この「日常性」こそが、サポートセンターの大きな特徴です。
——具体的には、どのような支援が行われているのですか?
探究心や社交性を育む「SST(ソーシャルスキルトレーニング)」の場としても活用しています。 また、不登校傾向の生徒が、ここを「第2の教室」として登校し始め、少しずつ集団の中へ戻っていくためのステップアップの場でもあります。
単に「ホッとする居場所」ではなく、子どもが自分の特性を理解し、どうすれば社会生活において自主的に歩めるかを一緒に考える「学びの場」でもあるのです。
一人で抱え込んで悩む先生がいないように。チームで役割分担する仕組み
——専門家が日常的にいることで、先生方の負担や意識にはどのような変化がありましたか?
一番大きな変化は、教員が一人で問題を抱え込まなくなったことでしょう。 今の学校は、いじめや発達特性、家庭の課題など、あまりにも多くのものを背負わされすぎています。
それら全てのことを一人の担任が解決しろというのは、土台無理な話です。その結果、多くの教員がバーンアウト(燃え尽き)してしまう。これは教育現場における大きなリスクです。
本校には、40年以上続く伝統的な「カウンセリング研究会」があります。毎週火曜日の放課後、担任が抱えている「困っているケース」を持ち寄り、カウンセラーや管理職を交えて協議するんです。
——そのカンファレンスでは、どのような話し合いが行われるのでしょうか?
大事なのは、背景や状況を把握した上で「見立て」を共有し、次の一手を役割分担することです。
「この子の行動は反抗ではなく、特性による不安から生じてるものかもしれない」などの専門家の見立てがあれば、担任は「自分の指導力が足りないからだ」と自分を責める必要がなくなります。
そして、「カウンセラーは個別面談を、担任はクラスでの見守りを、別のカウンセラーや相談員、管理職は保護者対応を」といった具合に役割を分担する。こうしてチームで動くことで、担任が一人で抱え込むことがなくなり、子どもに対しても余裕を持って向き合えるようになります。
「先生が一人で頑張らなくていい」という文化は、結果として先生自身のメンタルヘルスを守り、それが巡り巡って子どもたちへの優しいまなざしへと還元されていくのです。

子どもたちが育ち合い学び合う「安心の居場所」を目指して
——これからの時代、「臨床の知」を有するさまざまな専門職が生徒と関わることで、子ども理解がより深まりそうですね。
そうですね。今の社会は非常に不確実で、子どもたちを取り巻く環境も複雑化しています。だからこそ、学校という場所を「教員だけで完結する閉じた場所」にしてはいけない。多様な専門職が入り混じり、多層的な視点で子どもを理解しようとする姿勢が、これからの学校の「標準」になっていくべきだと思っています。
もちろん、仕組みを作れば全てが解決するわけではありません。人が変わる、成長するというのは本当に時間がかかることです。それでも、サポートセンターという居場所があり、そこに伴走してくれる大人がいる。その積み重ねが、子どもたちの中に「自分はここにいてもいいんだ」という安心感を作ります。
——竹山先生が、この取り組みを通じて最も伝えたいことは何でしょうか?
キリスト教主義教育において大切なのは、神様から子どもたち一人ひとりに与えられた賜物が引き出され、無限に成長していく可能性があることを信じることです。
そして、教育内容や制度も、それぞれの生徒のニーズに合わせて柔軟に対応していく。やりながら修正していくという雰囲気の中で、大人たちがチームとしてつながっている姿を見せること。それ自体が、子どもたちにとっての最大のメッセージになるはずです。

同志社中学校はこれからも、かけがえのない一人ひとりの存在の大切さを感じられるように「臨床のレンズ」を磨き続け、新しい学校のあり方を模索していきたいと考えています。
〈取材・文・写真:先生の学校編集部〉