人類の発展にヒントをくれる「特別な注文主」たちも、誰一人取り残さない。教育・心理・福祉の多職種連携で、すべての子どもの「学習権」を保障する明蓬館の挑戦
「学校に行けない子がいるのではない。その子に合う“学校のかたち”が、まだ用意されていないだけだ」そんな根源的な問いから出発したのが、福岡県田川郡に本校を置く通信制高校、明蓬館高等学校だ。
同校の最大の特徴は、教育の現場に心理と福祉の専門性を融合させた「SNEC(スペシャルニーズ・エデュケーションセンター)」という独自のスタイルにある。ここでは、臨床心理士や公認心理師などの専門家が非常勤の“外部支援者”ではなく、常勤の「相談員」として教員や支援員とチームを組み、日常的に生徒と関わっている。
「指導」という言葉を排し、「支援と伴走」を掲げる同校の根底には、子どもの行動を“問題”ではなく、必死に生き抜いてきた“サイン”として捉える臨床心理の視点が深く根づいている。もし、学校の中に臨床の視点が当たり前にあることが、子どもだけでなく、先生自身の「楽さ」にもつながるとしたら。
開校から16年、数多くの子どもたちとその家族に寄り添い続けてきた理事長の日野公三さんに、その哲学と実践を詳しく聞いた。
株式会社リクルートを経て、30代でパソコン通信事業に携わる中で不登校生と出会い、教育の道を志す。2000年に東京インターハイスクール、2004年に日本初の株式会社立の特区高校を設立。2009年、発達特性のある生徒への支援・伴走に特化した明蓬館高等学校を開校。教育・心理・福祉を融合させた独自の支援拠点「SNEC」を全国に展開し、科学的アセスメントに基づく「環境調整」を実践している。
「学校のかたち」を子どもに合わせる。個性を起点にした教育の原点
——日野さんは30代で教育の世界に足を踏み入れられたそうですね。そのきっかけは何だったのでしょうか?
私は20代をリクルートという会社で過ごし、ビジネスの基礎を叩き込まれました。その後、30代後半にパソコン通信の会社に携わっていた際、電子会議室の中にあった「不登校生サロン」で、学校に行けない子どもたちと出会ったことがすべての始まりです。
彼らとオンラインで言葉を交わして衝撃を受けたのは、「こんなに優秀な子が、なぜ学校に行けないのか」という不思議な感覚でした。非常に言語化能力が高く、鋭い感性を持っている子がいました。それなのに、既存の学校という枠組みに入った途端、苦しんでしまう。
その同時期、横浜で小学校の教員をしていた妻と出会ったことも決定的でした。自分の培ってきたオンラインビジネスのスキルが、この子どもたちのためにあるのではないか。そう気づかされたのです。
——そこから2000年に最初の学校を設立されるまで、アメリカの教育を視察されたと伺いました。日本との違いをどう感じられましたか?
1999年にアメリカ中のオンラインスクールを実態調査して歩きました。そこで知ったのは、アメリカには「不登校」という概念がそもそも存在しないという事実です。
なぜなら、アメリカでは「ホームスクール」という、自宅を学校にする権利が法的に認められているからです。納税者である親が、我が子に合った教育を選ぶ「教育権」を持っており、行政や国家はそれを支える立場にすぎない。
何より驚いたのは、「子どもの学習権」が最上位概念であるという考え方です。子どもが環境に合わせるのではなく、行政や親が、その子に合う環境を用意する責任を負っている。「子どもが一番である」というこの概念に、私は深い感銘を受けました。
——その経験が、明蓬館高等学校の「個性を起点にする」という理念につながっていくのですね。
そうです。不登校や発達特性、あるいは強い不安や過敏さ。それらは決して「欠けているもの」ではありません。その子が合わない環境の中で、心をすり減らしながら必死に生き抜いてきた“反応”であり、“サイン”なのです。
ならば、生徒を変える努力をするよりも、環境をその生徒に合った形に変える「環境調整」こそが学校の役割ではないか。そう考え、2009年に開校したのが明蓬館高等学校です。

私たちの考え方は、一つのたとえ話に集約されます。
学校という場所が、もし「すべての人に同じサイズを強いる靴屋」だとしたら、足の形が違う子どもたちは痛みをこらえて歩くか、脱ぎ捨てるしかありません。
明蓬館高等学校が行っているのは、一人ひとりの足の形を臨床心理の視点で丁寧に測り、その子にぴったりの「オーダーメイドの靴」を共に作る作業です。自分に合う靴を手に入れたとき、子どもたちは初めて、自分の力でどこまでも歩いていけるようになるのです。
——教育の現場に「臨床心理」の専門性が不可欠だと確信された転機があったのでしょうか?
2008年、重度の自閉症を持つ東田直樹さんとの出会いが、私の中に雷が落ちたような衝撃を与えました。
彼は会話が困難でしたが、パソコンのキーボード操作を通じて驚くべき文才を発揮していました。しかし、当時の日本の高校は彼のような生徒の受験さえ拒否する状況だったのです。

私たちの学校で彼を受け入れたとき、担任を志願してくれたのが、国語の教員であり臨床心理士の資格を持つスタッフでした。彼女はパニックや二次障害を起こしていた彼に対し、「何に困っているかを探すのが私の役割です」と冷静に、かつ慈しみを持って対応してくれました。
その姿を見て確信しました。教育の現場には、臨床心理の専門的な見立てが絶対になくてはならないと。彼らのような「特別な注文主」たちが、人類の発展にヒントを与えてくれる存在であることを確信し、その4年後、心理的ケアと教育を統合した「SNEC(スネック)」を立ち上げるに至りました。
教育・心理・福祉が「十字に組む」多職種連携チーム
——「SNEC」では、具体的にどのような体制で生徒を支えているのでしょうか?
SNECでは、「教員」「支援員(福祉系スタッフ)」「相談員(臨床心理士等の心理職)」の3者が常駐し、チームを組んで担任を担います。これが私たちの考える「他職種連携」の必須条件です。
一般的な学校のスクールカウンセラー(SC)は、週に1日、時給制の外部支援者として来校するケースがほとんどです。これでは職員室の輪に入れず、教員と密な情報共有をすることも難しい。私たちはこの構造的な壁を壊したかった。

だからこそ、SNECの相談員は月給制の常勤職員として、日常的に教室に入ります。生徒の表情を見、声を掛け、時には「何もしなくてもそこにいていい」という安心感を共有する。そうした日常の積み重ねがあるからこそ、生徒の小さなサインに気づき、迅速な環境調整が可能になるのです。
また、福祉サービスと連携する「STEC(エデュケーション&トレーニングセンター)」を併設することで、教育と福祉が別々の窓口ではなくなりました。保護者の方からも「どちらに相談すればいいか迷わなくなった」と、家庭全体の緊張がほどけていくような声をいただいています。
——科学的なアセスメントを重視されている点も、特徴的ですね。
はい。SNECではWISCやWAIS、KABC-II、Vineland-IIといった心理検査をベースにした支援計画を立てます。これは「非科学的な問答」を排するためです。
「努力が足りない」といった根性論ではなく、「この子は物事をこう捉える特性があるから、この環境が必要だ」という客観的な見立てを持つ。アセスメントは本来、自分を正しく知るための「最高最善の道具」です。
特に、不登校の背景には発達障害が隠れていることが多く、合わない環境で無理を続けると、うつや対人不安などの「二次障害」を引き起こしてしまいます。この二次障害をいかに抑え、軽減させるか。そのためには、心理の専門家の目を通した「個別教育支援計画(IEP)」の作成と実施が欠かせません。設計図がないのに建物を建てるような教育をしてはいけないのです。
「指導」から「支援と伴走」へ。先生を楽にするスキルセットの力
——教職員を「先生」ではなく「伴走者(コーチ)」と呼び、「指導」という言葉を排している意図は何でしょうか?
教員は、教職課程で「指導力」を叩き込まれます。そのため、生徒の望ましくない行動を見ると、つい「注意して正さなければ」という短絡的な思考に陥りがちです。
しかし、私たちが大切にしているのは、行動を問題として見るのではなく、「この子は何を守ろうとしているのだろう?」「どんな不安を抱えているのだろう?」と問い直す姿勢です。答えを教える指導者ではなく、その子が自分自身で答えに出会うまで、隣を歩き続ける「伴走者」でありたいと考えています。
そのために、私たちは教職員のマインドセットを変えることよりも、「スキルセット」を優先するアプローチをとっています。
——「スキルから変える」というのは、非常にユニークな発想ですね。
マインドセット、つまり意識変革から入ろうとすると、どうしても個人の経験や「頑丈な壁」に阻まれて沼にはまってしまいます。だからこそ、まずは使う「言葉」から変えてみるのです。
例えば、私たちは「なんで(Why)?」という言葉を原則使いません。生徒にとって「なんで遅刻したの?」という問いは人格否定に聞こえ、緊張を走らせてしまうからです。代わりに「今日、何かあった(What)?」と聞く。あるいは「きちんと」「ちゃんと」といった具体性のない言葉も避けます。
他にも、否定語を使わない、語尾を肯定形にする、といった「支援と伴走に必要な16のスキル」をマニュアル化し、ロールプレイングなどで徹底して身につけます。
おもしろいことに、スキルを使って言葉を変えると、目の前の生徒の反応が劇的に変わります。その成功体験を経て、先生たちのマインドが後から緩やかに変わっていく。この「ニューロハック」的な手法が、結果として教職員全体の包摂性を高めることにつながっています。

マイプロジェクトがもたらす心理的効果
——生徒が自ら問いを立てて学ぶ「マイプロジェクト(マイプロ)」について教えてください。これは心理的な回復にどう寄与しているのでしょうか?
マイプロは、単なる学習成果を出すための仕組みではありません。「自分には好きなことがあった」という感覚を思い出し、自分を取り戻すための装置です。
ある生徒は、中学時代の不登校を経て入学し、不登校時代からはまっていた「クイズやパズル」を深掘りしました。そこからサイバーセキュリティの世界に興味を持ち、現在はホワイトハッカーとして第一線で活躍しています。また別の生徒は、鎌倉時代の歴史が好きで、10日分の架空の「鎌倉新聞」を驚くべき熱量で作り上げました。
彼らに共通しているのは、「できた」という評価よりも先に、「楽しい」「もっと話したい」という意欲が戻ってくることです。私たちは、成果物そのものよりも、「迷ったこと」「立ち止まったこと」「やり直したプロセス」を言葉にして認めます。
この「失敗しても、ありのままの自分でここにいていい」という自己肯定感の回復こそが、次なる挑戦へのエネルギーを蓄える「エネルギータンク」をいっぱいにすることにつながるのです。
——最後に、日々の教育現場で悩み、奮闘されている全国の先生方へメッセージをお願いします。
子どもの行動に戸惑うのは、自然なことです。私自身、今でも悩み続けています。ただ、一つお伝えしたいのは、教育臨床心理の視点は、先生方を「もっと頑張らせる」ためのものではないということです。
むしろ、先生自身が少し肩の力を抜き、楽になるための「レンズ」だと思ってください。「分からない」と感じたときこそ、子どもに近づくチャンスです。行動を正そうとする前に、その子の心にそっと耳を澄ませてみてください。
そして、どうか一人で抱え込まないでください。学校の中に、教員とは異なる視点を持つ心理や福祉の専門家を招き入れ、「十字に組む」多職種連携のチームを作ること。異質なもの同士が混ざり合い、化学反応が起きる場所にこそ、新しい教育の可能性が生まれます。
先生自身が、子どもと一緒に迷いながら、伴走者として歩んでいく。その姿そのものが、子どもにとって最大の支えになると、私は信じています。
〈取材・文:先生の学校編集部/写真:ご本人提供〉