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「対立は起きて当然」という考え方に、「これだ!」と思った。日本で数少ないピースフルスクールプログラム導入校・立命館小学校の挑戦

「対立は起きて当然」という考え方に、「これだ!」と思った。日本で数少ないピースフルスクールプログラム導入校・立命館小学校の挑戦

オランダ発祥のシティズンシップ教育「ピースフルスクールプログラム(以下、PSP)」。子どもたちが民主的な社会の一員として成長することを目的としたこの教育プログラムを導入する小学校は、日本ではまだ少ない。そんな中、京都の私立・立命館小学校は、先陣を切ってPSPを取り入れた学校づくりに挑戦している。

導入への道のりは、「対立は悪いことではない」というPSPの考え方に衝撃を受けた、ある一人の先生の思いから始まった。小さく始め、少しずつ広げていく中で、子どもたちの自己解決力や教員の関わり方に大きな変化が生まれているという。

保護者も教員も含めた大人と子どもが共に学び続ける「ラーニング・コミュニティ」の実現を目指す同校で、PSPはどのような価値を生み出しているのか。導入の経緯から具体的な変化まで、3人の先生に話を聞いた。

写真:
お話を聞いた立命館小学校の先生たち

三ツ木 由佳(みつぎ ゆか)さん|写真左
教頭

宮本 水紀(みやもと みき)さん|写真中
2年生学年主任

吉川 裕子(よしかわ ゆうこ)さん|写真右
組織集団チームリーダー


「対立は起きて当然」という考え方に、「これだ!」と思った

立命館小学校は、「世界を変えていく人が育つラーニング・コミュニティ」を柱に掲げ、保護者も教員も含めた大人と子どもが共に学び続ける学校を目指しています。

「ラーニング・コミュニティ」とは、一言でいえば、「みんなの学び場」というイメージ。大人が「こうだからこうでしょ」と一方的に教えるのではなく、「これ、どうしようか?」と子どもも大人も一緒に立ち止まって話し合い、その場をつくっていく。

そんな対話と協働を軸にして、子ども・保護者・教員の三角形の関係性を大切にした学校づくりに取り組んでいて、保護者の方々と連携して授業をつくる取り組みも増えてきています。

例えば最近では全学年で取り組む「コミュニティの時間」という探究的な学びの時間に、2年生では保護者の方々もサポーターとして授業に参加してくださり、子どもたちと一緒に川に入って活動を行いました。保護者の皆さんと一緒に学校をつくっていく感覚が、以前にも増して強くなってきています。

教員の研修のつくり方も大きく変わり、以前は外部の方からのインプット中心の研修が多かったのですが、今は教員自身が「どんな対話を生みたいか」というゴールを考え、チームで協議しながら研修を設計しています。

そうした変化の中で、「ピースフルスクールプログラム」とも出会いました。

きっかけは、「先生の学校」が2年前に開催した、PSPを日本の保育園に初めて導入した熊平美香さんによるPSPに関するイベントでした。それを見て「これだ!」と思い、どうしても熊平さんに直接お会いしたくなり、その翌月に同僚を誘って東京まで会いに行ったのが始まりです。

当時の立命館小学校は、ちょうど対話の研修を始めたばかり。「私たちがつくっていきたい学校像について、どう場をつくり、どう話し合っていけばいいのか」ということを模索していた時期で、そういう学校づくりを、子どもたちとも一緒に進めていきたいと考えていました。

そんな中で熊平さんのお話を1日かけて学ばせてもらったとき、「PSPをぜひ学校に取り入れたい!」と強く感じたんです。

一番大きかったのは、「対立は悪いことではない」という考え方に出会えたことです。その視点を私自身が学びたいと思いましたし、先生方と一緒に学べたら、もっといい学校になるだろうと感じたんです。子どもの学びを通して、私たち大人もそうした考え方を学べる——その可能性をすごく感じました。

というのも、これまで、そもそも「対立」や「合意形成」について学ぶ機会がほとんどなく、会議でも「どうしてそう思うの?」という問いに対して、つい対立のように受け取ってしまうことがありました。

実は、大人だって建設的な意見交換を得意としているわけではないかもしれない。だからこそ、「対立」を恐れず前向きに話し合えるようになりたいと思いました。その入口として、子どもたちの学びを通じて大人も学べる点に魅力を感じたのです。

とはいえ、PSP導入が当初からすんなり受け入れられたわけではなく、初回の研修では「なんでこれをやるの?」という戸惑いもありました。

でもそこから、吉川さんをはじめとする方々と一緒に研修をつくっていく中で、先生たちが当事者として関わってくださるようになりました。昨年度は10回にわたって研修を実施したのですが、そのプロセス自体にとても大きな意味があったと思います。


小さく始めて徐々に広げる。1年生からのトライアル実践

まず、「大人も学んで子どもたちに届けよう」という考えからスタートしました。2024年4月から教員間での研修を始め、最初の1〜4回目は大人自身の意見・経験・感情・価値観という認知のフレームに基づいて、対話の練習を重ねていきました。

そして8月、「PSPを子どもたちの学びに生かしていきたい」という前提のもと、当初の計画に沿って、まずは1年生でトライアル実践を進めていきました。

その際、1年生の学年主任だった宮本さんを含む担任4人と熊平さんの5人で、3〜4時間かけてキックオフミーティングを設け、「今の子どもたちに必要なレッスンプログラムは何か」「どこから始めるか」を話し合いました。

そこから、1年生では2学期から半年間で計10回ほど授業実践を行い、授業後には4人の担任で毎回振り返りを実施。その様子や子どもたちの変化は、月1回の全体研修の中で共有していきました。

最初は「全然違う、外国の勉強みたいなものを始めるのかな」と思ったり、「いや、日本とオランダは違うでしょ」とか、「日本の子どもはこんな反応しないよね」と思った部分もありました。

けれど、やっていくうちに「あ、これは今までも大事にしてきたことだ」とか、「自分が子どもたちに伝えたかったこと、振り返りで大事にしていたことって、こういうことだったんだ」と気づいていったのではないでしょうか。実は私もそうでした。

実際に「自分たちが大事にしていることは何か」を軸にやってみたら、「あるある、確かにある」と感じる場面がたくさんあって。目指している世界観そのものは素敵なので、「次もやろう」と自然に思うようになっていきました。

私はPSPを知った瞬間から、「ラッキー!」と思いました。だって、子どもたちが自分たち同士でトラブルを解決する方法を学べるからです。

今までは大人に頼るしかなかった場面でも、自分たちで考え、話し合い、解決する力を身につけていける。そう思ったときに、「これはすごくいいね!やろうやろう!」という感覚でした。

基本的には学級活動の時間に取り入れていて、3・4年生は道徳の時間にも一部取り入れています。1・2年生は年間20回、3年生は15回を予定していて、今年度は4年生でも道徳の授業の中でエッセンスを生かしてみたいと希望があったので、何回か挑戦しているところです。

今後は5・6年生でも1時間ずつ試してみようと計画しています。低学年では学活の枠で実施するなど、既存のカリキュラムから削るのではなく、組み込んでいます。


「教える」から「関わる」へ、変わる関係性

私は現在、2年生の担任として、昨年1年生だった子どもたちを持ち上がりで受けもっています。PSPの授業の際は、子どもたちは「これ知ってる〜!」「またやる♪」とうれしそうに口にします。

その言葉はとても素直で自然な言い方なんです。「この前の授業はWIN-WINだったよね」「赤い帽子って何だったっけ」「けんかのときだよね」と、昨年学んだことをしっかり覚えていて、自分たちの言葉で振り返っています。

PSPに取り組む前は、「先生〜どうにかして〜」が当たり前で、こちらも「解決してあげないと」と思っていました。でも今は、「あなたはどうしたい?私はどうしたらいい?聞いてるだけでいい?それとも話し合いに入った方がいい?」と聞くと「聞いてもらうだけでいいです」と言う子が増えています。

「絶対解決してほしい」「どうしても許せない!」という感じではなく、「自分たちだけで話し合いをやってみます。うまくいかなかったら来てください」と言えるようになり、泣いている子がいるときも、「泣いてるけど理由があるんじゃない?」と相手を思いやる言葉が自然と出てくるようになりました。

自己解決の回数が確実に増え、友達同士のトラブルも減っています。

私は現在1年生の担任をしていて、メディエーター(仲介役)はまだ私がすることが多いですが、周りの子たちの関わり方が確実に変わってきていると感じます。

「今は赤い帽子なんだね。じゃあそっとしておこう」「今ちょっと揉めているから、間に入ってみようかな」といった声が、自然と子どもたちから出てくるんです。対立する場面は多いのですが、その対立に周りの子が引きずられず、落ち着いて状況を見られるようになっています。

先日、熊平さんが授業視察に来校された際に「PSPは感情が常に伴っていて、子どもの実生活とつながっていること」が大きな特徴だとおっしゃっていて、なるほどな〜と思いました。

「メディエーター(仲介役)」という言葉や、対立したときの状態を表す「3色の帽子」という共通言語が、子どもたちの日常生活に直結していきます。

その共通言語が子どもたちの気持ちや状況の整理を手伝い、対話に向かうことができる。そうやって「子ども自身にスキルが手渡されている」と実感する瞬間が、日常の中にありますね。

以前から「子どもと一緒に考えよう」という気持ちはあったのですが、それを安心してできるようになったという感覚があります。子ども同士が「ちょっと話してみよう」となったとき、先生側が「何か言わなきゃ」「正しい方向に導かなきゃ」と構えず、待てるようになりました

PSPの考え方に触れて、うまく言語化できていなかった部分がはっきり見えた、という感覚があるかもしれません。「3色の帽子」などの具体的な手法や、「対立は悪いことではない」と最初に伝えることで、子どもたちが安心して意見を言えるようになっているように思います。

本校では担任がPSPの授業を行うのですが、その学びや言葉が担任以外にも共有されていきます。そうすると、子ども同士がトラブルになったときにも、担任以外の先生が、「今、何色の帽子かな?」「どうしたの?」と共通の言葉で関わることができるのです。

以前は、大人が先に答えを示してしまうような対応をする場面もありました。けれどPSPを学んでからは、「こんなとき、どうするんだった?」と問いかけるだけで、子どもたちが授業で学んだPSPの手法を使って、自分の言葉で話し始めます。

PSPを通して「教える」でもなく「関わる」という感覚が以前より増している気がします。


半径1mの身近なコミュニティが、平和であること

去年、宮本さんともう1人の先生と3人で、オランダのPSP導入校を視察したんです。その学校では、5・6年生の子どもがメディエーターを務めていて、低学年の子たちのけんかの間に入って解決していました。

「今日のメディエーター」という掲示が全校にあって、「何か困ったことがあったら、今日のメディエーターまで」と書かれているんです。

立命館小学校には、異学年の児童が「ハウス」というグループに分かれ、学校生活を共に送る縦割り活動があるのですが、「うちのハウス活動で同じようにああいう役割ができる子がきっといるよね」と話していました。

子どもたち自身が自然とメディエーターとして育ち、子ども同士で社会や文化をつくっていく。そんな風に、子ども同士が支え手になる環境をつくれたらいいなと思っています。

「こうしないといけない」という考え方は、持たない方がやりやすいと思います。いきなり「全校で一斉に導入しないといけない」と決めてしまうと大変かもしれません。うちも最初から全校でやっていたら、きっと難しかったと思います。

他校で取り組みをされる際は、学活や道徳の時間で小さく始めてみるのが良いかと思います。価値項目と結びつけて1時間やってみて「これいいじゃん!」と実感し、その上で「こんな実践をしてみました」と周囲に共有すると、自然に広がりやすいかもしれません。

同じ学年の先生とペアを組んで始めたり、一つの学級で試したりするなど、無理のない形から取り入れると、より実践しやすいと思います。

本校も「小さく始める」ことにこだわりました。トライアル実践を通した実感が、根っこを太くする鍵でしょうか。

私たちがこの取り組みを始めた背景には、「みんなで学校をつくっていきたい」という思いがありました。

でも、最終的にたどり着いたのは、自分が属する身近なコミュニティを安心安全で幸せな場所にしていきたいということ。まずは、自分の半径1メートルが平和になることから、ですね。

結局は、子どもたち自身がクラスや学年、ひいては学校という小さな社会を、自立と共生の力でつくっていく練習なんですよね。そういう経験を重ねた子どもたちがやがて「自分は社会の一員で、社会をつくる当事者だ」と感じられるようになったらいいな、と願っています。

〈取材・文:先生の学校編集部/写真:立命館小学校 ご提供〉