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#2 肩書き不明な僕の、とある土曜日

#2  肩書き不明な僕の、とある土曜日

学校の中の環境としては世界初のクリエイティブラーニングスペース「VIVISTOP」の運営をしている新渡戸文化学園の山内佑輔さん。

学校の中にいるけれど、肩書き不明な仕事をする山内さんの視点で見える日常を連載でお届けします。

写真:山内 佑輔(やまうち ゆうすけ)さん
山内 佑輔(やまうち ゆうすけ)さん
新渡戸文化学園教諭・VIVISTOP NITOBEチーフクルー

大学職員時代、数々のイベント・ワークショップ企画の経験を積んだのち、2014年から公立小学校の図工専科の教員に。ワークショップの手法を用いて、子どもたちのクリエイティビティを育む環境をつくりだし、さまざまなアーティストや専門家、企業と連携しながら実社会と学びをつなぐ授業を実践している。
2020年4月から新渡戸文化学園へ移り、VIVISTOP NITOBEの立ち上げと運営を担当。2015年にキッズワークショップアワード優秀賞、2019年に東京新聞教育賞、2021年9月にキッズデザイン賞の最優秀賞である内閣総理大臣賞を受賞。


2022年4月現在の僕の働き方

授業持ち時間ゼロ。
火曜日、日曜日休み。
出勤時間は9:15。

2022年4月現在の僕の働き方です。

小学校の先生だとすると、かなり不思議ではないでしょうか。非常勤講師ではありません。一応、専任教員です。

中学や高校の先生なら、毎週土曜日出勤は不思議じゃないかもしれませんが、授業ゼロ。これは一体あなたは何してるの?と突っ込みたくなりますよね。

そんな肩書き不明な僕の、とある土曜日の1日をお伝えします。


午前中、高校生の「情報科」

出勤後、僕が運営するクリエイティブラーニング環境VIVISTOPを簡単に清掃。このあとに控える高校2年生の情報科の授業に合わせて、机、椅子のレイアウトを整えます。

新渡戸文化中学校・高等学校の情報科は勝田浩次先生が担当しています。

高校生の情報の授業=プログラミングのイメージをもっていたのですが、情報科ではもっと広い領域を扱います。これまで主に小学校をフィールドにしていた僕にとっては、全く新しい世界です。

学習指導要領解説 情報編より抜粋


新渡戸文化高校2年生の「社会と情報」の授業で、1学期は上記左の図、情報Ⅰの(2)の「コミュニケーションと情報デザイン」について学習を進めていくそうです。

VIVISTOPには、レーザーカッターや3Dプリンターなどのデジタルファブリケーション機材や、VIVIWARE Cellというプログラミングして、ものを動かす、光らせる、音を鳴らすなどといったプロトタイピングが簡単にできるツールも備えています。

僕はVIVISTOPという環境は、何かすごい商品や作品をつくるための工房ではなく、思いやアイデアを伝えるためのプロトタイプ制作と非常に相性がいいと考えています。情報科で扱う「コミュニケーションと情報デザイン」という領域は、まさにVIVISTOPという環境を活用することで、生徒のより深い学びにつながりそうです。


授業を実施する前に、計画を綿密に練りたいところですが、どんな生徒たちなのか、その子たちのことを理解しながら、それに合わせてより良い授業を組み立てていく方が、結果的に良い時間が生まれると考えています。正直にいえば、綿密に打ち合わせしていく時間の確保の難しさもありますが…。

それでも、僕ら大人も実施しながら考えるということは、とても大事なことなのだと思っています。このあたりの感覚が、勝田先生とは合致しているので、何をするか、何かできるのか、まだ具体的に定められていなくても「一緒にやりましょう!」でスタートできています。とてもありがたいです。

情報科の授業の様子


そのような背景をもって、この日は情報科の第1回目の授業でしたが、勝田先生の授業を僕は生徒と一緒に受けました。

僕も生徒と同じように勝田先生の思いを受け取ったり、生徒たちとワークに取り組んで、対話したり、アイデアを出し合ったりします。高校生の様子を踏まえて、授業の雰囲気をつかんで、これから勝田先生と具体的な授業連携を検討していきます。

この原稿を書いているのは2022年4月上旬ですが、この連載がHOPE誌面に載る頃にはきっとVIVISTOPという環境を生かした授業実践が生まれていることでしょう!また誌面でご紹介できる日をぜひ、お楽しみに!


午後、ティンカリングセッション!

さて、午後はがらりと中身が変わります。

VIVISTOP NITOBEは土曜日をOpen DAYとして、新渡戸文化学園の児童生徒でなくても活用できるよう、場を開いています。

この日はTinkering Session(ティンカリングセッション)と名前をつけた自由制作の日です。

自由なこの場所で、好きなように考え、探検し、創造することができます。 決まったプログラムやカリキュラムはありません。

「ティンカリング」とは、家財道具を修理してまわった「流しの修理屋(ティンカー)」を語源に持つ言葉で、さまざまな素材や道具、機械を「いじくりまわす」こと。デザインセンスや問題解決の力を高める手法として近年注目されています。

VIVISTOPにある機材、道具、材料をいじくりまわして、自分のやりたい!を探究していきます。自分でやりたいことを決めて、 制作を進めていくTinkering Sessionです。

時間は13:00~17:00。授業やワークショップではないので、遅刻や早退はありません。この間の好きな時間に来て、それぞれが活動を始めて、満足したら17:00前に帰宅しても構いません。


VIVISTOPにいる僕のようなスタッフは”クルー”と呼ばれています。この日のクルーは3人。参加する子どもたちは10名です。

例えば、ある中学1年生の子はレーザーカッターでアクリル板を切って、組み合わせて、素敵なものをすぐにつくりだします。


別の小学生の男の子は、VIVISTOP内にあったアクセサリーの廃材を指輪にすることを思いついたようです。リングに当たる部分を3Dプリンターでつくれないかと相談があり、クルーと一緒に3Dモデルをつくるソフトを使って制作していきます。

完成したら、3D出力したリングとアクセサリーの廃材を組み合わせて指輪が完成!家族分つくるぞ!とこの後は1人で制作を続けていました。


ティンカリングセッションは、保護者の参加も歓迎しています。監督者や見守りではなく、自分自身も「つくりたい!」という大人が参加してくれています。

親子で3Dプリンターに挑戦したり、レーザーカッターに挑戦したり、お互い教え合ったり、アイデアを交換し合ったりして、制作をしています。

別のお母さんは、シルクスクリーンプリントに挑戦!自分で絵を描き、クルーと一緒にシルクスクリーンの版を作り、紙にプリントをしました。刷り上がる瞬間は、別の参加者の子どもたちも集まって、出来上がると「わぁ!!」という歓声があがります。


また、別の小学生は端切れの生地から好きな柄を選んで、ミシンで裁縫してバッグをつくっていました。

このとき、先ほどのシルクスクリーンに挑戦していたお母さんが、自分の子ではないのですが、ミシンのサポートをしてくださいました。

この4時間の間に、ここでは説明しきれないさまざまなモノ・コトが生まれていきます。


そのどれもが、誰かが「やりなさい」と言ったわけじゃないのです。やらなくちゃいけないわけでもありません。さらにここに集まっている子たちは学年も違えば、通っている学校も違います。ここは学校の中なのに!!

そんなバラバラの背景をもった参加者でも、個人個人が距離をおいて、個人制作をしているわけではないのです。自分がつくったものが、他の人に影響を与えたり、はじめましての人たちと一緒につくったりもする。大人が教えなきゃいけないわけでもなく、子どもから教わることもたくさんあります。

大人と子ども、先生(クルー)と保護者、従来の枠がここにはありません。僕も全体のファシリテーションをしているわけでもないのです。緩やかに、誰かの「つくってみたい!」「試してみたい!」が連鎖して、共鳴し合って、場の雰囲気がつくられていきます。

No Teacher,  No Curriculum. VIVISTOPならではの時間がここにはあるのです。