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全教員で全生徒を見守る学校作り。荒れている学校からの脱却を果たした大阪市立新巽中学校の教育改革とは?

全教員で全生徒を見守る学校作り。荒れている学校からの脱却を果たした大阪市立新巽中学校の教育改革とは?

「全教員で全生徒を見守る学校作り」をスローガンに、生徒を主語にした教育改革に取り組む大阪市立新巽中学校。

荒れた学校への解決策として2016年からスタートした教育改革だったが、さまざまな改革を通して現在は生徒の学力向上を実現し、教職員の関係性や働き方にも変化を起こしている。

今もなお進化し続ける同校の中心となって改革を推進してきた教務主任の山本昌平さんに、これまでの歩みや大切にしてきた思いについて話を聞いた。

写真:山本 昌平(やまもと しょうへい)さん
山本 昌平(やまもと しょうへい)さん
大阪市立新巽中学校 数学科教諭/教務主任/研究主任

大学卒業後、私立学校に常勤として2年勤務後に大阪市中学校で12年勤務。経歴の半分は教務主任、研究主任を務めた。実際に運営の中心に参画してみて、学校が慣例や前年度を踏襲することに課題感を持ち、現在の大阪市立新巽中学校へ。複数担任制を導入した1年目の年に赴任し「協働し学ぶ組織」の風土を感じ「全生徒を全教員で見守る学校」をキーワードに「複数担任制」や「定期テストの再編」など仕組みから是正する取り組みを進める。プロジェクト学習にも注力し、現在はロート製薬・区役所などと連携し、e-Sports × 教育の可能性をテーマに教育現場でe-Sports大会を実施。社会と教育の垣根のあり方を模索中。


同じ課題を持っていないと、協働は生まれない

——貴校では、2016年から始めた複数担任制を皮切りに教育改革に取り組まれていますね。どのような背景から複数担任制を導入されたのでしょうか?

2016年以前に学校が荒れている状態が続いていたことを受け、本校の教育改革がスタートしました。まず初めに取り組んだのが、2人の教員が1クラスの担任を務める「複数担任制」です。

担任をしていると、先生と生徒でどうしても気持ちが歩み寄れない時期があります。その時期は得てして生徒の悩みをキャッチしたり生徒が抱えた問題解決へのサポートがしづらい状況が生まれてしまいます。

しかし現場では、まず担任が対応することが慣例になっているので、どれだけ学校内にその問題解決のエキスパートがいたとしても、関係作りで苦慮している最中の担任が対応しなければならない場面がしばしばあります。

それが続くと生徒の問題解決をするために窓口として担任がいるにも関わらず、生徒の抱える問題が、解決どころか複雑化してしまい、生徒は学校から足が遠のいてしまったり教師への暴力といった問題行動につながる原因にもなりえます。

2人体制であれば生徒はどちらに相談しても良いのでSOSの声を拾いやすく、2人で役割や立場を変えながら生徒と関わることができ、問題の早期発見・早期解決が実現できます。

相手の不十分なところを放置してしまうと自分にも火の粉が飛んでくるので、放っておけません。何よりも2人で同じ学級の課題を解決するという「協働」の風土を生むことができるのがメリットだと感じました。


——教職員の「協働」は今後、欠かせないキーワードですよね。

一般論ですが、教員の観点からも1人担任制には働き方として限界があるのではと感じていました。

学級経営でうまくいかないことがあっても、他の人が学級経営をするわけではないので、たとえ相談を受けても深層心理では「他人ごと」になりがちです。

相談を受ける側と悩んでいる側は「矢面に立つ」という立場を共有していないので当たり前ですよね。だから相談することを躊躇してしまい、1人で悩みを抱え、休職や離職につながることも少なくありません。教員志望者の減少にも影響しているように思います。

教員が複数で対応する仕組みを作ることで、課題を共有して協働する状況が生まれ、チームで問題解決をすることが日常になるのではと考えました。

生徒にとっても頼れる大人の選択肢を増やすことのできる複数担任制は、これからの未来で価値ある仕組みだと思っています。


——2017年からは教育内容のテコ入れも始められたそうですが、具体的にどのようなことに取り組まれたのでしょうか?

2017年に、プロジェクト型学習やESD教育(持続可能な開発のための教育)を始め、新巽中学校で育みたい11のスキルを、21世紀型スキルとしてルーブリックにまとめました。

そして2018年には、1人の教員が3学年の教科指導を受け持つ「タテ持ち型編成」を始めました。

具体的には、ある学年の全てのクラスの授業を受け持つ従来のスタイルではなく、1人の教員が1年1組、2年1組、3年1組の3学年の授業を受け持つスタイルに変えました。

タテ持ち型編成を始めたのは、全教員が全学年の生徒と関わる仕組みを作ることで、生徒たちの悩みやSOSをより拾いやすくするという、生活指導面での目的が一番でした。

全学年にいかなければならない環境は「他学年の不十分なところを放っておくと、自分に降りかかってくる」ので、全生徒がより良くなることを全教員が考えなければなりません。課題を共有することで初めて当事者意識が生まれ、協働してより良くしようとする風土が生まれてきます

教員の教える学年を固定すると、生徒がいろんな先生の指導や考え方に触れる機会を奪っていることにもつながりますし、そういった問題を解消するためにも、タテ持ち型編成を導入しました。

何より「学校の力を集結させて学習支援と学力向上に目を向けられること」が最大のメリットだと感じています。


生徒を主語に、過去ではなく未来に焦点を当て議論する

——タテ持ち型編成は、教材研究・準備の観点からは教員の負担が増えるようにも感じるのですが、先生方と意見が対立するようなことはなかったのでしょうか?

初めて先生たちにタテ持ち型編成を共有したときの反応は最悪でした(笑)。

不満の声は上がりましたね。でも実は、先生方の負担を減らす取り組みでもありました。

「俺にはこだわりがある」と、3学年分の教材研究と準備を一人でしていたら、やっぱり大変なんですよ。ここでポイントなのは、全ての教員が「3学年全てを教えないといけないから大変だ」という共通の課題を持っているということです。

共通の課題を持っているからこそ、「俺のプリント使う?」とか「こんな資料を作ってみたので、よかったら…」といった協働のきっかけが生まれます。

お互いがお互いに興味を持ち始め、交わっていくことで情報共有が活性化され、「お裾分け文化」が醸成されていきます。そうすると、働き方も改善していきます。

ここで重要なのは、同じ課題を持っていないと、共に協働するという事象は起こらなかったということです。タテ持ち型編成は教員が必然的に混ざり合っていく仕組みでもありました。


——素晴らしい仕組みですね。

教員が協働しないのに、どうやって協働する子どもたちを育てていくんだ、という課題意識も実はあったんです。

複数担任やタテ持ち型編成を通じて協働はもちろん、指導方法や生徒の情報など、あらゆるものを共有したことで、誰かが体調を崩してしまったときも、別の教員が代わりに授業や学活に対応することができます。

しんどいときに休みを申請しやすかったり、誰かに頼ってもいいという風土が生まれ、「皆が苦しまない支え合える環境」を作ることが、タテ持ち型編成の密かな狙いでもありました。

現状では、テストなどのデータを教員同士で共有していない学校が多いと思います。でも本校では、全員でテストを作りますし、担当ではないクラスの採点をすることもよくあります。日常的に「このプリント使う?」「皆で一緒にこのデータを使おう」といった会話が自然と起こるようになり、教員同士の会話量が圧倒的に増えましたね。

またタテ持ち型編成は若手を育てることにもつながっています。「どうしてこの先生はここにこだわっていたんだろう?」など、教科における観点に気づきを生みます。この仕組みが先生たちの力を伸ばしていると思います。


——お話を伺っていて、生徒と先生、共に幸せになる仕組みになっているのがいいですね。

何かを始めるとき、また取り組みを進めるとき、本校ではこだわっていることがあります。

まず、教員ではなく、生徒を主語にして考えること。対話することが大原則です。また、今まで(過去)ではなく、これから(未来)に焦点を当てて対話すること。

この2つの軸は絶対に外さないようにしています。そうしないと、「教員の負担が増える」「授業準備ができない」など、教員を主語にした議論になってしまい、「子どもたちにどんな力を身につけてほしいか」という根幹が揺らいでしまいます。


——とても大事な視点ですね。定期テスト廃止や、29人以下の学級編成など他の教育改革内容も大変興味深く、どれも生徒が主語で設計されていますね。

そうですね。2019年に定期テストを再編しました。

相対評価をする上で定期テストは良い方法だと思う一方で、生徒の「成長」に焦点を当てた絶対評価が求められている今の時代に合わないと感じていたからです。

テスト再編にあたっては、最初に「学力とは何か」を全教員で対話し、「学んだ力(知識)」「学びを生かす力(思考・判断・表現力)」「学ぼうとする力(自己肯定感)」を学力だと定義しました。

現在は、「学んだ力」と「学びを生かす力」は単元毎の単元テストと学期毎の実力テストで理解度や定着度を確認し、「学ぼうとする力」はプロジェクト型学習で伸ばし、総合的に評価しています。

この先、子どもたちに必要となる力を想定し、その力を身につけられるよう、テストや授業を作る「逆向き設計」を大切にしています。「テストとは何か」「何のために評価するのか」に向き合いながら、先生たちと再編していきました。

さらに、2020年には29人以下の学級編成を開始しました。このような流れで、これまでさまざまな教育改革を進めてきました。


多様性を実現するため、ゲームを教育現場へ

—— 一連の教育改革によって、生徒にはどのような変化が見られますか?

生徒は自然体で、自己選択できる生徒が増えてきたように思います。

また、今年度の全国学力テストの成績が、大阪市平均を超えました。本校は大阪市の中でも学力が決して高いわけではなかったのですが、確実に学力が向上してきています。

プロジェクト型学習などを通じて非認知能力が育まれた結果、「チャレンジしたらできるかもしれない」という生徒の自己効力感が増し、認知能力も高まっているように思います。それが学力向上のロジックではないかと私は考えています。

もともと教育改革をスタートしたのは、学校の荒れた状態を解消していくためでしたが、自己の感情をコントロールしたり他者理解といった非認知能力が育まれてきたからか、最近では問題行動はほとんどなくなりました。

日常的にそれぞれの教員が子どもたちを支えていることで、「全教員で全生徒を見守る学校作り」が定着してきていると思います。


——なぜ、山本さんはさまざまな教育改革に挑戦し続けられるのでしょうか?

「日本の教育は今までの常識や慣例を問い直し、これからの社会を見据えて変革しなければ…」という思いは強いです。

学校は子どもたちを一つの枠にはめるような指導をして、これからの時代に必要な多様性に蓋をしているように感じます。その状況を問い直さなければいけないときにきています。

また、29歳で教務主任になり本当に苦労したんですね。私のような思いを若い人にはさせたくない、そんなバトンは渡せないと思ったので、私たちの世代できちんと日本の教育を変えていきたいです。

学校単位でアクションを起こし続けることに加え、社会の仕組みで変えていけるようにしないと、公立校では転勤するたびにゼロイチで改革に取り組まなければならず、持続可能ではありません。ですので、自分の学校の改革だけではなく、社会の仕組みへのアプローチもしていきたいです。

そういった視点で挑戦を続けています。


——現在、具体的に挑戦されていることはありますか?

本校では、外部とつながることを大切にしています。

例えば、ロート製薬さんと共に、生徒自身が企画や運営を行うe-スポーツ大会や「ゲームは悪なのか?」をテーマにしたプレゼンテーションを実施しました。

私の中では、ゲームを教育に取り入れるのは、究極の多様性の実現だと考えています。

ゲームは教育と対極にあるものと捉えられがちで、「ゲームをやっていたら勉強ができなくなる」とも言われてきました。でも、ゲーム自体が悪いわけではありません。使い方を知る必要はありますが、正しく使えば人生を豊かにするものだと思います。

ゲームは集中力やコミュニケーション力、粘り強さなどの非認知能力を育むことのできるツールでもあります。ゲームなど、これまで学校が敬遠してきたテクノロジーやサブカルチャーの価値を問い直し、積極的に教育現場に取り入れていくと、多様性が認められる土壌ができていくように思います。

個人的に「教育×エンタメ」をテーマに探究を進め、多様性にあふれた学校作りに挑戦していきたいと思っています。


——変化し、成長し続ける学校を作っていくために、リーダーとして大切にしていることはありますか?

未来を見据えることです。子どもたちを主語にして、これからに焦点を当てて対話をすること。この軸は、絶対に外さないようにしています。

それと、「何かあればいつでも力になるよ」というスタンスを持って、先生たちを信じて頼って任せることでしょうか。「大丈夫かな?」と感じたときに背中を押せるような存在でいられたらと思っています。

〈取材・文=田中 美奈/写真=ご本人提供〉