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Vol.1 教師の大学院留学のリアル

Vol.1  教師の大学院留学のリアル

「世界の大学 学びの車窓から」では、世界中の大学で学ぶ学習者を取材し、世界の大学で実践されている学びを紐解く連載です。

今回は、日本の公立学校で教員を経験し、現在はコロンビア大学教育大学院(Teachers College, Columbia University/以下、TC)に留学中の田原佑介さんと山本茜さんが、「教師の大学院留学」をテーマに語ります。

写真:田原 佑介(たはら ゆうすけ)さん
田原 佑介(たはら ゆうすけ)さん
コロンビア教育大学院在学中/公立高校教諭

1990年生まれ。2児の父。4人兄弟の3番目として山口県で育つ。外郎(ういろう)をこよなく愛する。埼玉県の公立高校で8年間勤務。経済産業省「未来の教室」実証事業のHeroMakersに参加。大人とは、次の世代に素敵な世界が待っていることを見せる人のことなのだと気づく。留学経験はなかったものの、海外大学院への進学を決意。高3を担任した2020年、「私は世界一の大学を目指す。みんなも自分のベストを目指そう」と生徒に宣言し、アメリカの大学院を受験。2021年秋より、コロンビア教育大学院(Teachers College, Columbia University)でスクールリーダーシップを学ぶ。フルブライト奨学金など3つの奨学金を受け、1年で1000万円かかる費用をほぼ無料で留学。留学中に第2子が誕生。ブログやTwitterで、大人の海外進学や教育改革のアイデアを発信中。


コロンビア大学 教育大学院での学び

簡単に自己紹介させてもらいます。

埼玉県の公立高校に8年ほど勤めていました田原佑介です。Private School Leadershipという修士課程のプログラムで、「学校づくり」について学んでいます。

私は、Developmental Psychology(発達心理学)の修士課程に在籍しています山本茜です。進学前は、福岡市の小学校で約5年間働いていました。

茜さんは、どうしてTCで学ぼうと思ったのですか?

私は担任として働く中で、子どもたちが社会的なスキルを学ぶ「学校」という場所にとても興味を持ちました。

もともと教員になる前は、学校は「教科を学ぶ場」というイメージの方が強かったのですが、実際に教員になってみて、いかに子どもたちが周りの友達や大人たちから多くのことを吸収し、成長しているかを身に染みて感じたんです。

同じくらいの年齢の友達に囲まれて毎日過ごすことって、人生の中で学校以外にはなかなかない。そう考えると、とても貴重な場所だなぁと思って。

そこから、学校という場を生かして、もっと子どもたちの自己理解や他者理解を深めるためにはどんなことができるかを学びたいと思い、TCに来ました。

私は教育学部で学部時代を過ごしましたが、今振り返ってみると「いい授業」の授業はあるものの、「いい学校をどうやってつくるのか」といった授業は一つもなかったんですよ。

私はこれまで学校改革に取り組んできましたが、なかなか変えられずに悩んでいました。そこで、海外留学をして、組織作りを学びたいなと思い始めたんです。

ちょうど高校3年生の担任をしていて、一緒に受験生をやったらおもしろいかなと。「私は世界一の大学を目指す。みんなも自分のベストを目指そう」と生徒に宣言し、アメリカの大学院を受験しました。

進路指導をしながら…すごい挑戦ですね!
数ある大学院の中でも、どうしてTCを選んだんですか?

“Teachers College”という名前の通り、TCは教育大学院として世界的に有名です。それにキャンパスはニューヨークにあるので、世界中から志の高い教育者が集まるんだろうなとワクワクして選びました。

ティーチャーズカレッジの校舎外観

実際に、私が所属しているプログラムは15人という少人数のプログラムですが、中国、インド、インドネシア、ナイジェリア、アルゼンチンから来た学生もいて、多様性にあふれた環境だと感じますし、大学院だからこそ味わえる学びだと満足しています。

実際に、TCでの1学期が終わりましたが、率直な感想はいかがですか?

久しぶりに「教員」という立場からガラッと「学生」の立場に切り替えるのは、最初はきつかったですね。リーディングや課題もものすごい量ですし、週に3日しか授業がなく、あとは全て予習、復習という学生生活に慣れるのに必死でした。

今はまず、「1学期目、乗り切った!」という達成感があります。

大学院で学ぶ中で、教員を経験していてよかったなと思うことはありますか?

勘が働くというか、学校現場がフラッシュバックする感覚が授業中によくあります。

例えば、認知発達学の授業では、「算数の学び方や指示の出し方から子どもの発達を捉える」というテーマの時に、学校で先生方が何気なく行っていることが、実は発達の視点からとても意義のあることだと気づかされました。

これまでの教室での経験を振り返りながら、新しいことを学ぶことができています。「(現場と学問が)つながった!」という感覚がとてもおもしろかったですね。授業中のディスカッションでも、日本の学校での出来事をたくさんシェアできました。


大学院での学びを、どう日本の教育に還元するか

授業以外の活動としては、日本の教育について日本人の学生とディスカッションをする学生団体を立ち上げましたよね。

TCの有志の学生と共に、「Gakkatsu」という学生団体を立ち上げました。

Gakkatsuという団体名には、設立メンバーの「日本の学校のホームルームのように、さまざまなことを学んでいる皆が安心して集まり、議論できる場を創る」という願いが込められています。

また、日本の教育の大切な特徴の一つとして捉えられている「学級活動」を名前に入れることで、グローバルな視点から、日本の教育の良さやその将来を考えていきたい、という思いも込めました。

Gakkatsuの活動風景

現在、TCでは約15名の日本人が学んでいます。また、コロンビア大学全体で考えると、日本人留学生はもっとたくさんいます。

それぞれが、「ここでの学びを、どうしたら今後の日本の教育により良い形で生かせるか?」という共通の問題意識を持っていました。そこで、日本の教育について議論して、10年後に向けてビジョンを示せるような勉強会をつくろう、ということでGakkatsuが始まりました。

学生団体の立ち上げ、大変でしたよね。議論が進まなすぎて、運営メンバーでスタディールームに半日こもったこともありました。

時間はかかったけれど、学びはたくさんありました。そもそも私は、「どういう学習環境で人は学ぶか」を学んでいるので、Gakkatsuの立ち上げ自体が学びのアウトプットになりました。

茜さんはなぜ団体の立ち上げに関わろうと思ったんですか?

私は、コレクティブ・リーダーシップ(Collective Leadership)という考え方がとても好きなんです。一人のリーダーがみんなを引っ張るのではなくて、それぞれが互いにできることをしながらリーダーシップを発揮する、という意味があるのですが、より良い社会を創るためにはとても大切なことだと思っていて。

Gakkatsuで、それぞれ異なったテーマを学んでいる人たちが集まったら、一人で頑張るよりも大きな何かを得られるのではないかと思ったんです。

2021年11月に1回目の勉強会を実施しましたが、当日はビジネススクールや公衆衛生大学院など、コロンビア大学だけでなく、他の大学院で学んでいる方もたくさん参加してくださいました。

教育以外の視点からも日本の教育について考えることができ、「あー!その視点はなかった!なるほど!」と思う場面がたくさんありました。

田原さんは、他の大学の学生との勉強会も運営されてますよね?

海外で教育を学ぶ大学院生との勉強会を運営しています。こちらは、コロンビアだけでなく、 MITやハーバードなど多くの大学から学生がオンラインで参加し、教育についてディスカッションをしています。

大学が違うと、学ぶ内容や環境が違い、新たな気づきがあります。留学の良さは、人との出会いだと感じています。

大学院に来ると、公教育、政策、心理学、テクノロジーなど、さまざまな角度からアプローチしようとしている人と交流することができます。その中で、「私はこうやって教育に関わっていきたい」というイメージが明確になっていきます。そういう刺激し合える仲間と出会えただけでも、留学に来てよかったなと感じています。


留学を検討されている先生方へのメッセージ

教員の留学経験者はまだまだ少なく、最初はうまく周りの賛同を得られないかもしれません。でも、実際に来てみると、海外で生活すること、学ぶこと、そして教員としての経験をもとに学問的な視点から学ぶことができるのは、とても意義があり貴重なことだと感じます。

また、世界の異なる場所から日本を見ると、もちろん課題も見つかりますが、それ以上に日本にいるだけでは気付くことのできなかった日本や日本の教育の良いところに触れる機会がたくさんあります。

大学院留学は難しい…と思われている方でも、1週間ほど他の国の学校を訪問したり、短期間の語学留学に挑戦されたりなど、世界に出る選択肢はさまざまなので、ぜひチャレンジしてほしいです!

今回の留学に関する最大の気づきは、教師がワクワク楽しんでいれば、生徒も学びを楽しむということです。

大学院を目指していた高校教員時代に、勤務時間を終えると、生徒が受験勉強をする教室に行き、TOEFLの勉強をしていました。TOEFLのスコアが上がらないこと、志望校選びやエッセーで悩んでいることなど、全てクラスで共有していました。コロンビア大学の大学院に合格したとき、生徒は一緒になって喜んでくれました。

この経験から、教育の効果をあげる一番シンプルな方法は、大人が挑戦している姿を見せることだなと実感しました。留学であれどういった形であれ、大人が学びを楽しんでいれば、生徒も安心して学びます。

この記事を読んだ方と一緒に、教育をより良くしていくために、これからも学び続けます。