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Vol.6 真の実践者を育てるHigh Tech High教育大学院 探究を探究する留学を通して気づいたこと

Vol.6 真の実践者を育てるHigh Tech High教育大学院 探究を探究する留学を通して気づいたこと

「世界の大学 学びの車窓から」は、世界中の大学で学ぶ学習者を取材し、世界の大学で実践されている学びを紐解く連載です。

今回は、アメリカ・サンディエゴに留学中の平岡慎也さんに、プロジェクト型の学びに特化したHigh Tech Highの教育大学院についてレポートしていただきます。

写真:平岡 慎也(ひらおか しんや)さん
平岡 慎也(ひらおか しんや)さん
株式会社Stapia 代表取締役

2017年立命館大学情報理工学部卒業。教育をテーマにした探究型留学、Global Teacher Programの運営代表。フィリピンやフィンランドの公立学校と提携をして、日本から延べ200人以上の参加者を引率。23年8月より、High Tech High Graduate School of Educationに進学して探究学習デザインを研究中。趣味は海外旅行で、これまで訪れた国は5大陸44カ国。


High Tech High って、どんな学校?

High Tech High (以下、HTH)は、2000年に設立されたアメリカ・サンディエゴにある公立高校です。

今では小学校、中学校、高校を合わせて16の系列校があり、ほとんど全ての授業がProject Based Learning(以下、PBL) で行われることが特徴です。日本で最近注目が高まっている探究学習を20年以上前から実践し続けている学校で、世界中から年に数千人もの教育者が視察に来ます。

私が2023年8月から留学しているHigh Tech High Graduate School of Educationは、2007年に創設されました。専攻はEducational Leadershipで、学校改革や探究学習のデザインについて研究をしています。


HTHに留学した理由

私はGlobal Teacher Program (以下、GTP)という、教育をテーマにした短期留学を運営しています。2016年にフィリピン・セブ島の公立小学校で実施した教育実習プログラムを皮切りに、これまで200人以上の教員を目指す大学生や現役の先生方に参加していただきました。

このプログラムでは、40人以上の小学生を相手に、チョークと黒板と手作りの教材のみで、算数や理科などの教科を英語で教えます。決して簡単ではない挑戦ですが、乗り越えられれば大きな自信につながります。2018年にはフィンランドでもGTPを開始しました。

このプログラムの卒業生たちは、学校だけではなく大学やNPOなどさまざまな教育の現場で活躍しています。教育現場で求められる「タフさ」を伸ばすことにこのプログラムは貢献している、という確かな手応えがありました。

しかし最近、学校で働くGTPの卒業生たちからある相談をされることが増えてきました。それは、学校の制度や文化を変えていくことがあまりにも難しいという悩みです。探究的な学びを行っていきたいが、忙しすぎてそれどころではないという相談が特に多いのです。理想と現実のギャップから、教育現場を離れてしまうという人も少なくありませんでした。

今の教育現場で求められている力ではなく、これからの教育を作る力とはどのようなものか?そんなことを考えていた頃、新型コロナウイルスの影響でGTPの実施は延期を余儀なくされてしまいました。

自分はこれから何を目的に活動していきたいかを自問していた頃、友人の紹介で「Most Likely to Succeed」という映画を見ました。この映画はHTHを舞台にしたドキュメンタリーで、ペーパーテスト対策型の教育から、実社会に即した探究型の教育に変わっていく必要性がテーマとなっています。

この映画を見て私は、HTHの先生方が教育者としての信念を大切に、新しい教育を作っていく姿に感銘を受けました。これからの教育を作る力とは何か、どのようにその力を鍛えたらいいのか。HTHは、私の問いに大きなヒントをくれるに違いない。そう感じて、HTH教育大学院への進学を決意しました。


卒業研究は、教育改革の実践

HTH大学院は、教育学の授業と高校での教育実習で構成されており、主に2つのことを学びます。

一つ目はPBL(Project Based Learning)のデザインです。まずは座学でHTHがPBLをデザインする上で欠かせない、9つの構成要素について学びます。そして教育実習を通じて、ベテランのHTHの先生がどのように9つの要素を組み込みながら実際にPBLを行っているのかを学びます。

私は現在12年生(高校最終学年)のクラスで実習をしています。HTHでは半年かけて1つのプロジェクトに取り組むのですが、今期のプロジェクト名は「On Our Tables(訳:私たちの食卓の上)」です。“食”をテーマに、栄養学や人体のメカニズムを学んだり、持続可能な社会について考えたりします。

また、HTHの学びにおける最大の特徴は、プロダクトを作りながら学ぶことです。半年のうちに3つのプロダクトを作り、集大成として木工でキッチン用品を制作し、展示会を開催して実際に作ったものを販売します。

生徒たちの作品は、凄まじいほどの細部へのこだわりがあります。HTHの創設者の一人が大工として働いていた背景もあり、HTHでは「Authentic Work(本物の仕事をすること) 」が教育哲学として掲げられています。そのため生徒たちは、ほとんど完成したように見えてるプロダクトについても、さまざまな工具を使って、何十時間もかけて作品を仕上げていきます。

今回のプロジェクトの場合は木工作品を作っていますが、まるでガラスのような手触りの作品もあり、プロの職人が作ったと聞いても頷けるほどの質です。創設時の教育哲学が、学校の隅々まで浸透していることを感じた瞬間でした。

次に、学校改革の学びについて紹介します。

大学院では、学校改革の理論や事例を学びつつ、卒業研究として「教育改革の実践」を行います。実習先のクラスで教育課題を発見して、原因の分析、複数の解決策を考えて実行、そして成果を検証する。このサイクルを1年間で何度も繰り返します。

渡航したばかりの私はまず、とにかくたくさん生徒と話して課題を探るよう努めました。生徒と話しているうちに驚いたのは、日本に興味を持っている高校生が多いということ。卒業旅行では友達と日本に行きたい、来年は日本のゲーム会社でインターンシップをしたい、などと日本について話す生徒がたくさんいました。

それと同時によく相談されることがありました。それは「外国に行くことに興味はあるが、言語や文化の違いが心配である」ということです。私は「英語を話せる上にオープンマインドなアメリカの高校生たちは、日本に比べて外国に行くことへの不安は少ない」と思っていたのですが、どうやらそれは偏見だったということに気づきました。

実際にクラス全体にアンケートを取ってみたところ、同じような不安を感じている生徒は多く、国際的なコミュニケーション経験の不足を感じている生徒が全体の71%もいたのです。

この課題を解決するために私は、HTHに興味のある日本人と、HTHに在籍している高校生が深いコミュニケーションをする場を作ろうと考えました。これまで私がGTPのことを繰り返し深く話していたこともあり、HTHの先生たちも私の活動や得意分野をよく知ってくれていました。

HTHに興味のある日本人はたくさんいるので、国際交流の機会を設けて両者の課題を同時に解決したいと提案をしたところ、HTHでもGTPを開催させていただけることが決まりました。

HTHの大学院は教育学者を育てるのではなく、教育の実践者を育成することを重視しているため、今回のような提案を快く受け入れていただきました。


自分の源泉を問い続ける学び

これから日本全体の学校で探究学習を展開していく上で、HTHから学べることは限りなく大きいと感じています。一方で、HTHのメソッドを断片的に知ったり、表面的な学校見学をするだけでは、日本の教育に生かせることは少ないとも感じています。それは、日本とサンディエゴではあまりにも前提が異なるからです。

例えば、大学院のPBLデザインの授業の先生で、私のメンターでもあるJohn Santos氏は次のように話しています。

「HTHでPBLを行う大きな背景の一つに、サンディエゴには移民が多く、英語が母国語ではない生徒が多いことが挙げられます。一斉授業に比べてPBLは、言語への依存度が少ないため、この土地では需要が高かった。日本でPBLを展開する場合は、おそらくサンディエゴとは異なる背景があると思います。PBLはあくまでも一つの手段なので、何を目的にPBLをしたいのかを大切に考えていただきたいです

教育は人が作るものだからこそ、まさに生き物のような存在。

HTHのメソッドを日本にそのまま移植してもうまく機能しないため、日本流にアレンジすることが不可欠です。私は今回の留学や、これまでの経験を通して、HTHと日本の教育の両者の強みや課題・ニーズを知ることができました。

両者が素晴らしい関係性を築くための架け橋となることを目指して、これからも探究学習の研究とGTPを続けていきたいです。