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未来の当事者たちが躍動する、小さな町のキャリア教育。まちづくりのプロが考える、学校が社会とつながるキャリア教育の形とは?

未来の当事者たちが躍動する、小さな町のキャリア教育。まちづくりのプロが考える、学校が社会とつながるキャリア教育の形とは?

今回この記事の企画を担当した私たち3人は、日々高校生と向き合っています。私たちは教員として働く学校は違えど、高校卒業後は大学進学だけでなく、社会に出る選択をする生徒たちを送り出すという共通点があります。

そんな3人の目下の関心ごとが、「生きる力」を育むためのキャリア教育です。この教育には、社会とのつながりが不可欠。でも、私たちの中では「どうやってやればいいの?」「誰に聞けばいいの?」「社会とのつながりって具体的などんな形?」などハテナが付きまとい、はじめの一歩が踏み出せずにいました。

そこで、キッザニア東京の立ち上げなどに携わり、まちづくりのプロとして、人口1万人未満の過疎地・宮崎県都農町を舞台にしたキャリア教育「つの未来学」を行っている中川敬文さんに話を聞くことにしました。

中川さんが実践する「つの未来学」の取り組みから、教員の一歩を後押しするような気づきを探しに行きました。

写真:中川 敬文(なかがわ けいぶん)さん
中川 敬文(なかがわ けいぶん)さん
大学卒業後、1989年ポーラ入社。1993年新潟県上越市に家族で移住、当時国内最大級のパワー型ショッピングセンターの立ち上げと運営に携わる。その後、1999年にまちづくり事業を行うUDS株式会社に入社し、2003年より代表取締役として「キッザニア東京」、「神保町ブックセンター」、日本初のイエナプランスクール「大日向小学校」などの場づくり、地方自治体のまちづくり、中高生のキャリア教育などを手がける。2020年3月に退任して宮崎県都農町に移住、株式会社イツノマを起業。都農町にて、グランドデザイン策定、都農高校跡地基本計画、デジタル・フレンドリー戦略、ゼロカーボン戦略、都農中学校にて年間15時間の総合学習プログラム「つの未来学」、中学生の地域クラブ「まちづくり部」の創部など、子ども参画型のまちづくりを実践中。


「起動人材」が町を救う!


——中川さんは宮崎県の都農町に2020年に移住され、「つの未来学」というキャリア教育プログラムを地域の中学校で実践されているそうですね。


はい。移住した宮崎県都農町は、宮崎県の中央に位置する人口約1万人の町です。その町で株式会社イツノマを立ち上げ、まちづくりに関するさまざまな企画提案をさせていただいています。

その中に、子どもたちのキャリア教育の一環として「つの未来学」があります。都農中学校の総合的な学習の時間を各学年で15時間ずついただく形で実施しており、今年で3年目を迎えています。

今回お話を聞いた中川敬文さん


「つの未来学」の目的は、未来に向けて自ら起動する人を増やすこと。自分が住む町の魅力と課題を知り、未来の当事者として都農町が抱える課題の解決策を探究し、まちづくりの提案につなげるという流れの中で、まちづくりを総合的に学ぶプログラムとなっています。

イツノマが取り組んでいる「つの未来学」をはじめとする、子どもがまちづくりに参画する事業は、「一般財団法人つの未来まちづくり推進機構」から委託報酬をいただき、都農町教育委員会のサポートを受けながら運営をしています。


——自ら起動する人というフレーズが印象的ですが、具体的にはどういう人のことを指すのでしょうか?


要は「言い出しっぺ人材」ですね。自らコトを起こし、マチやヒトを動かしていく人材になってほしいと思っているんです。

ただ、これは必ずしも起業をするということではありません。農業においても役場においても、「新しいコトを起こせる人」がいない。これは今の都農町の大きな課題の一つだと感じています。

そこで、未来の都農町を生きる子どもたちを当事者と捉えて、総合的な学習の時間の中の15時間をいただいて、都農の良いところや課題がどんなところにあるかを探究し、より良いまちづくりのための提案を行い、プロジェクトを立ち上げることで実行に移していくという一連の経験によって、起動人材を育てようという狙いで始めました。


——「つの未来学」はどのように進めてこられたのでしょうか?都農中学校の先生たちとも連携されましたか?


1年目は私がほぼ一人で全てを進めて、先生方と協力する形にはできませんでした。それではさすがにまずいという話になり、2年目は先生方にも役割を担っていただく形で取り組んでみたのですが、結果的にはあまりうまく連携できなくて…。3年目を迎えた今年は、ようやくちょうど良い協働体制になってきたかなという感触を得ています。

「人とつながるまち」が今年の「つの未来学」のテーマなのですが、1年生でまちづくりについて総合的に学び、2年生で商店街のイベントの企画提案をしながら少しずつ実践を考えてみて、3年生では視野をより広げて、商店街再生の企画提案を考えるという形で進んでいくプログラム構成にしています。


未来の当事者は誰か?


——そもそも、中川さんの「まちづくり」への思いと、そこから「まちづくり教育」へとつながっていった経緯を教えてください。


これは私が都農町に来た理由でもあるのですが、都農町の人口構成図を見ると、今は1万人ほどいる人口も、2045年には6千人を割るという予測が出ています。さらには65歳以上の老年人口の割合47%に対して、14歳までの幼年人口は10%程度しかいなくなってしまうという見立てです。

これは都農町に限った話ではなく、日本の自治体の3割近くは既に1万人以下の自治体で、同じような年齢構造になってきています。まちづくりは当然、人口減少が最大の課題ですが、これをさらに分解してみると、高齢化と若者流出という2つの問題が浮き彫りになります。


その中でも都農町の場合は、若者流出の課題が目に見えた現実として迫っています。というのも、2021年に都農高校が廃校となってしまったことで、都農中学校を卒業したら若者は町外に出て行ってしまう状況になってしまいました。若者がいなくなったら、都農町もいずれなくなってしまう…これは由々しき事態です。

でも、若者の中には生まれ育った町に住み続けたいという人もいます。町で働ける選択肢があれば残りたい、でもその選択肢がない、あるいはその選択肢を知らない。そうであれば、私たちが入ることで、今の中学生たちが将来町に戻りたくなるような仕掛けを作ればいいのではないかとアイデアを巡らせたのが、今の「つの未来学」につながっています。

そもそも、私がいう「まちづくり」とは、農と食に始まり、経済・移住・観光・子育て・デジタル・医療福祉・学び・文化スポーツ・ゼロカーボンといった切り口を総じて「まちづくり」と捉えています。

そうした場合、 住民の方々ご自身が、自分たちが住みたい町を自分ごととして考えていく必要があり、そのためにも、住民の方々がまちづくりのノウハウを学べると良いのではないか。

まちづくりの体系はまさにリベラルアーツだし、学校における総合的な学習の時間にぴったりなテーマではないかと考えて、都農中学校に「つの未来学」の提案をさせていただき、同校の総合的な学習の時間を使って「まちづくり学」を推進することになったという経緯です。


——小さな町の中学校に、中川さんのような町外から来た人が入り、「まちづくり学」という聞き慣れない授業を行うにあたっては、町役場や学校側への働きかけが大変だったのではないかと想像します。


最初は町長そして教育長につないでいただき、都農中学校の校長先生を紹介いただくというルートを辿りました。幸い、都農中学校校長が都農町出身であったことから趣旨をすぐに納得していただけて、「つの未来学」が実現しました。

私は以前、「世界がワクワクするまちづくり」というミッションを掲げたUDSという会社で働いていたのですが、そこでキッザニア東京の立ち上げから運用の部分までを担当したことがありました。子どもたちにリアルな体験を提供して社会のしくみを知ってもらうような仕事をしていたので、企業紹介は得意分野なんですよ。

職場体験がハローワークの代わりになれば良いという考え方で、都農町の企業を紹介するホームページ「つのワク」をつくりました。これによって、中学生たちが事前学習をできるようになりました。


そもそも「つの未来学」の授業で大切にしたことは、ただ企業で仕事の体験をすることではありません。企業や地域のリアルな課題を理解し、その課題に対して自分に何ができるかを考え、実行に移してもらうことです。

自分で食べていける大人になってほしい、仕事をつくれる大人になってほしいという願いで、実践的なプログラムを提供しています。


——リアルな課題と向き合うという視点はとてもおもしろいですね。その中で、うまくいったこと、大変だったこと、子どもたちの成長を感じた場面はありましたか?


子どもたちは、自分に体験のない課題でも、イメージさえ浮かべばおもしろがって取り組み始めてくれます。一例を挙げると、子育てです。中学生は、子育ての体験をしていませんよね。やったこともなければイメージもわかないので、最初は「このテーマ無理」と投げやりになっていました。

そこで、お母さんに「自分を育てる中で、大変だったことは何ですか」と聞いてきてもらいました。その聞き取りを基に「どうやったら子育てがしやすくなるかを皆でアイデア出しをしてみないか」と提案しました。そうしたら、子育て支援センターに行き着き、全国の支援センターをネットで調べ始めたんです。

「世の中にはこんなに素敵な子育て支援センターがあったんだ」との気づきから、「私のお母さんも絶対に行きたかっただろうな」という話になりました。授業時間以外でも、子どもたちはZoomで話し合ってくれていたようで、「子育て支援センターのレイアウトを考えたので見てください」と相談されたときはうれしかったですね。

この他にも都農神社やワイナリー、水族館などおもしろいテーマがたくさん出てきました。その中の最も大きなテーマである気候変動対策のエピソードも紹介しますね。


——ぜひお願いします。


気候変動対策の学習では、プラスチックを減らす方法や、循環型経済と呼ばれるサーキュラー・エコノミーなどについて調べて、それに対するアイデアを300個は出しました。これらをまとめて町長に提案したところ、とても感動してくださり、町で「ゼロカーボンタウン宣言」を出すことにつながりました。

それから、社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン『IDEAS FOR GOOD』のオランダやイギリス、フランス、ドイツの特派員にも協力していただき、各国とZoomでつなぎ、ヨーロッパのサーキュラー・エコノミー最前線をテーマに、都農町の大人も聞いたことがないような話をしていただきました。

その後、ゼロカーボンタウン宣言を受けて、町内の小中学生選抜チーム「GreenHope」を結成しました。町には、2050年にはゼロカーボンの当事者になる今の18歳以下の若者・子どもが施策提言をする、という趣旨で「都農町ゼロカーボンU-18議会」を創設いただき、毎年3月に行われる議会のタイミングで「GreenHope」が政策案を提言しました。子どもたちから町へのリアルな提言です。

1年目は、議会で「町に2万本の木を植える」というテーマでプレゼンし、2年目は100万円の予算を申請することに挑戦しました。木や花を植えたり、苗を配ったりお手入れしたりするための予算です。見事全会一致で可決され、3年目の今年はその100万円の運用を始めています。

「つの未来学」が目指す「自分たちの町のことを自分たちで考える」 貴重な経験になりました。


——素晴らしい取り組みですね。単なる授業の中の課題という一時的な経験にとどまらず、実際に都農町の議会に働きかけ、動かし、現在進行形で活動が続いているという経験は、子どもたちにとっては「年齢関係なく、リアルに地域と関わって地域を変えていけるんだ」という実感や自信につながりますね。


そもそも、未来の都農町を生きる当事者は、今いる大人たちではなく、子どもたちです。

先ほどのゼロカーボンタウン宣言の例にしても、世界的には2050年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロにするという期限が合意されていますよね。「そのときの主役は誰か?」「未来の当事者は誰か?」という視点で、町や学校と話し合えると賛同を得られやすいです。

2050年に、今の都農町を作っている大人は何人残っているのか。2050年の町のことを、そのときになれば70歳、80歳になる大人たちが決めていいのか。そのときに40代になっているのは、今、都農中学校に通う子どもたちです。都農町の未来は、もう未来の当事者である子どもたちのテーマなのだから、今のうちから子どもたちを主役にして考えていく必要があるのだと呼びかけています。

都農の子どもたちも、楽しそうに取り組んでくれています。自然の中で無邪気にすくすく育っている土台の上に、地域におけるリアルな学びの経験が加わり、問いを投げかけると皆が自由に発言を始めます。拡散的思考力がとにかく強くて、アイデアを100個以上出すといったことは得意ですよ。

その根底には「自分たちの町を自分たちで考えるのっていいな」という確信があるのだと思います。きっと「自分たちがつくった」という体験をすることがすごく大事なのでしょうね。


地域とつながるキャリア教育の鍵となるのは、先生方の友達づくり


——これまでのお話にあるような、地域とリアルにつながったキャリア教育を進めていくために、私たち教員がまずできることは何でしょうか?


友達を増やすといいですよ。私もいろいろやっているように見えますが、何でもかんでも自分一人の力でできるなんてことはありません。うまくいかずに軋轢を起こすことだってたくさんあります。

こんな私でも、都農に会いに来てくれて、力を貸してくれる友人たちがいるという部分では自信があります。ゼロカーボンタウン宣言を議会で通しましたけれども、正直に言うとゼロカーボンのゼの字も私はよく知りませんでした。気候変動対策のテーマについてもど素人です。

それでもここまで形にできているのは、全て友人たちに教えてもらっているからなんですよね。


——友達を増やした方がいいというアドバイス、何だかグサッと刺さります…。その友達を、自分が目指す世界観を一緒に実現する仲間にしていくためにはどうしたらいいですか?


ビジョンと情熱を伝える、これしかないのではないかと思います。私はこの2つの重ね技で全部口説いている感じです。

人が抱くビジョンと情熱は、否定しようがないじゃないですか。「中学生は卒業すれば都農町を出て行ってしまう。だから子どもたちにおもしろいことをやらせたいんです」と言っているのに、断る人はあまりいないと思いますし、実際に今まで断られたこともありません。



——最後に、中川さんがこれから都農町でどんな教育を実現したいと考えているか教えてください。


私は、これからのグローバル人材を育てていくためには、世界中の人とちゃんと議論ができる能力を養える環境を子どもたちに用意してあげることが、先生方や私たち大人の務めではないかと考えています。

都農町のような過疎地であれば、そもそもグローバルとは縁遠い環境になるわけです。ではどうしたらいいかというと、最低限のグローバルな環境を作ってあげることが必要です。そのときに、じゃあ英語を教えればいいのかというと、今の時代、英語はいろいろな翻訳ツールを使えばなんとかなります。よって英語力ではなく、今の世界の論点に紐づいた生きた経験が必要だと思うのです。

これからの時代の世界共通の論点は、ゼロカーボンとデジタル化です。この2軸をベースにしたリアルな体験を小学生の頃から積み重ねていければ、多少英語がたどたどしくても、国際的に遜色ない人材になれるのではないでしょうか。

これからも自分の持てる力を生かしながら、ここ都農町の方々と協働して世界につながるキャリア教育を子どもたちに届けていきたいですね。


<取材・文:チームつの未来学/写真:ご本人提供>