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アツい大人との出会いが、SDGsを自分ごとにする。JICAと共に、PBL型のESD教育を実践する大阪市立新巽中学校の挑戦

アツい大人との出会いが、SDGsを自分ごとにする。JICAと共に、PBL型のESD教育を実践する大阪市立新巽中学校の挑戦

学校現場では「何を学ぶか」だけではなく「どのように学ぶか」という視点が重視され、プロジェクト型学習(以下、PBL)が広がりつつある。

PBLを実践する上で重要なのは、「この課題に取り組みたい」という生徒自身の能動性だ。しかし、内発的な動機を引き出すことに苦労している現場は多い。

そんな中、生徒の内側にある思いを引き出す工夫を凝らしたPBLを実践している公立学校がある。それが、大阪市立新巽中学校だ。

独立行政法人 国際協力機構JICAと連携し、知識としてSDGsを学ぶだけでなく、生徒がSDGsを実践するESD教育(持続可能な開発のための教育)を、現在中学2年生を対象に行っている。

自校の教育改革に積極的に携わり、SDGsの視点を大切にしながらPBL型のESD教育を担当している里見拓也さんに話を聞いた。

写真:里見 拓也(さとみ たくや)さん
里見 拓也(さとみ たくや)さん
大阪市立新巽中学校 英語科教諭

大阪教育大学連合教職大学院スクールリーダーシップコース2年。GEG Ikuno共同リーダー。大阪市学校教育ICT推進リーダー。
学生時代に資本主義の課題を知り、国際協力団体でチャリティーイベント等の企画運営をする。東日本大震災後、陸前高田市での出会いを通じて教師を志す。関西大学文学部を卒業後、大阪市立新巽中学校に常勤講師として配属される。正採用後も継続して同校に勤務し、7年目。「全教員で全生徒を見守る」をテーマとした学校改革に携わり、特にプロジェクト型学習を通じた持続可能な社会を探究する人の育成を目指している。校内では主に研修のデザインを通じた学校改革に取り組んでおり、心理的安全性を高める対話型ワークショップをデザイン・ファシリテートしている。子育て真っ最中の1児の父。中学生の頃から毎週教会に通うクリスチャン。写真とアートとクラフトビール好き。


——新巽中学校ではPBL型のESD教育だけではなく、2016年からさまざまな教育改革を行っていますね。どのような流れで改革が進んできたのでしょうか?

本校は、生徒数231人の小さな学校です。
2016年以前は学校が荒れている状態が続いていました。そのため、「全教員で全生徒を見守る学校づくり」が始まり、子どもたちとの関わりを増やす仕組みを整えてきました。

2017年には、1人担任制を複数担任制に変更。2018年には、1人の教員が3学年の授業を担当する「タテ持ち型編成」を導入しました。

一般的に教科指導をするときは、同学年のクラスを担当しますが、「タテ持ち型編成」ではA先生が1年1組、2年1組、3年1組を、B先生が1年2組、2年2組、3年2組を担当します。1学期はA先生、2学期はB先生、3学期はC先生というように、学期で担当する教員が変わる教科もあります。

1人の生徒に関わる教員が少ないと、どうしても生徒が人間関係の難しさを感じてしまうことがあります。その状況を何とか緩和できないかということで、できるだけ多くの大人で関わるための仕組みづくりを進めてきました。

さらに、2020年からは29人以下の学級編成を始め、生徒と教員が人間関係を築ける素地ができたように感じています。

ESD教育をPBL型で2017年からスタート


——公立学校でも、先生方の意思でそこまでできるんですね!

また、学習面でもVUCA時代を生き抜く生徒を育んでいくため、教育改革を進めてきました。

2017年には、PBL、ESD教育を始めました。知識を得るだけでなく、それらを活用しながら課題を解決し、これまでにないものをつくり出す力を育んでいくことが重要だと考えたからです。

さらに、21世紀型スキル育成として、新巽中学校で育みたい11のスキルを同年に定め、ルーブリックを作成しました。


——今年教育目標が変更されたそうですが、具体的にどのような内容なのでしょうか?

新巽中学校の現在の教育目標は「自己を磨き続け、他者と関わり、共に持続可能な社会を探究する人の育成」です。

教職員で「将来生徒がどんな人になってほしいか」を考え、オンライン上にキーワードを書き出すワークショップを行いました。

SDGsをテーマにしたPBLの経験から、持続可能な社会という考えのベースは、教員の中にあったと思います。未来志向の目標をつくるために、「持続可能な社会を探究する人」という言葉が加えられました。

同時に、教師像も定めることになり、「全教員で全生徒を信じて見守る」「子どもと共にワクワクいきいきする」「新しいことにチャレンジし学び続ける」「人権課題に毅然として向き合う」の4つが教師像に決まりました。

教育目標を改めた理由は、これまでの教育目標の形骸化を感じていたからです。また、教員個人の創造性は発揮されてきたものの、創造的な組織にはなっていない課題もありました。

そこで新たな教育目標をつくることを提案し、教職員全員で形にすることができました。

「全教員で全生徒を見守る学校づくり」を牽引する里見さん


SDGsに取り組むアツい大人に出会う機会を用意する

——現在、ESD教育の一環として、SDGsに取り組んでいる大人に出会う授業を積極的に行われていますが、どのような背景から実施されたのでしょうか?

現在の2年生は1年生の頃から、一連の授業の中でSDGsについて学んできました。

例えば、給食に使われていたプラスチックのストローを使ってSDGsに関する課題を伝えられないかというところから、国立国際美術館や大阪市立科学技術館へ校外学習に行きました。

その後の授業で、SDGsの課題を伝える表現手段として、SDGsを知り・体験・体感できるテーマパーク「しんたつランド」の開催アイデアが子どもたちから生まれ、その取り組みに興味を持ってくださったテレビ局の方から、取材のお話もいただきました。

でも、テレビ局の方に「子どもたちの中に、本当にそれをやりたい子はいるんですか?」という質問を投げかけられたときに、正直返答に困ってしまって。

SDGsに対する強い熱量を持った生徒がいるとは言えない現状を、僕ら教員が突きつけられました。

地域の課題に心の底から取り組みたいという気持ちを、子どもたちから引き出せているかと言われると、当時その点についてはまだ疑問だったんですよね。

子どもたちが当事者意識を持って、SDGsに取り組める授業を設計したい。そんな背景から、アツい大人に出会う機会をつくることが決まりました。

放課後に自主的にミーティングをする生徒の様子


——そこでJICAさんとコラボされたんですね!具体的にどのような授業を行ったのでしょうか?

総合的な学習の時間に、SDGsに関する世界の現状を知ることを目的として、JICA海外協力隊として現地の課題に取り組んできた元隊員の方々11人とJICA職員1人から、生徒が直接お話を伺いました。

少人数に分かれた生徒が、一人の元隊員から活動内容や経歴を聞いた後、質問をするという形式です。これを繰り返し、生徒は合計3人の方から話を聞くことができました。

海外での小学校での理科実験、地域での保健活動、少数民族の生計支援、空港や道路などのインフラ支援、地域の特産品を使った商品開発など、生徒は幅広いテーマに触れることができたと思います。

JICAからご紹介いただいた元隊員の皆さんは、開発途上国が抱える課題解決に向け、現地の方々と生活してきた経験があります。

つまり、SDGs達成に向けた活動に、これまでダイレクトに関わられてきたわけです。

僕としては、今回の出会いを通して「何かに本気で取り組むことは恥ずかしいことではない」「こんなにアツく生きてもいい」と子どもたちに気づいてほしいという思いがありました。

実際、子どもたちにはその思いが届いていたように感じています。

海外協力隊を経験した元隊員から話を聞く生徒たち


——子どもたちの反応はいかがでしたか?

例えば、「企業や団体との交流で、何かアクションしたい」「自分にできることから、SDGsに取り組んでいきたい」といったSDGsへ取り組む主体性や、意欲が育まれたと感じられるような感想がありました。

また、「世界にはたくさん問題があることを実感した。今までは興味を持てなかったけれど、少し興味を持てるようになった。学校のプロジェクトも、もっと頑張ろうと思った」「一人ひとりが目的を持って行動しているのがいいなと思った。自分もそうありたい」という感想もありました。

「家族で正しいゴミの分別をしようと話し合った。現地の実体験を語ってもらえたので、テレビで見るよりもリアルさを感じた」という、具体的なアクションにつながったケースもあったようです。


公立中学校からの呼びかけに、33の企業・団体が反応

——JICA海外協力隊とのコラボだけでなく、9月にはSDGsに取り組んでいる企業や団体との交流も行ったそうですね。

普段の生活の中では、SDGsに対して実際にアクションを起こしている大人がいるという実感を持ちづらいのが現状です。

子どもたちが暮らしている大阪の企業や団体が、どんな思いで課題解決に向けた取り組みを行っているかを聞く。そのことで、自分たちが変えていきたいことや、創っていきたい未来を掴んでもらいたいと思い、企画しました。

この取り組みにご協力いただける企業・団体を募集したところ、33の企業と団体から応募がありました。

運営母体としてJICAが立ち上げに関わった「関西SDGsプラットフォーム」に加盟している企業や、JICAと民間連携を行っている企業などが手を挙げてくれました。

そんなアツい思いを持った大阪府内の企業・団体とオンラインで交流したり現地を訪問したりして、生徒はSDGsへのアプローチ方法を学んでいきます。また、企業や団体が直面している課題についての意見交換も行います。

オンラインで企業の方と交流する様子


——里見さん自身がSDGsに対して思い入れがあるように感じますが、どのようなことがきっかけで「持続可能な社会」に興味を持つようになったのでしょうか?

子どもの頃から「自分さえ良ければいい」という考えには違和感がありました。

国際協力の活動を始めたのは、大学に入ってからです。
関西大学1回生のとき、批判的な視点を持って資本主義のいびつさや課題を見ている教授に出会い、大きな影響を受けました。

そのとき、先進国が自国の消費のためにいろんなものを搾取している構図に触れたんですよね。「このままではいけないのに大人は何をしてるんだ」という気持ちが当時はありました。

でも、高校生のときから国際協力をしていた友だちと国際協力団体を立ち上げ、すごく頑張っている大人に出会ったことで、その気持ちが変わっていきます。懸命に課題解決に向けて活動している大人と出会い、希望を持つことができて。

それから、いろんな活動を始めました。その一つが、カンボジアのエイズに関するドキュメンタリー映画を撮った大学生に誘われ、西日本の上映会ツアーに参加したことです。

そこでも、「こんなに素晴らしい大人がいっぱいいるんだ」と驚くような出会いがたくさんありました。アツい大人との出会いが、僕の転機になりました。

アツい大人との出会いの場を積極的につくっている


——国際協力に関する活動を続けてきた里見さんは、どうして教師を志されたのですか?

当時、ボランティア活動をしたことを面接で話して就職するような、自己実現のためのボランティアをする学生がすごく多かったんです。そのことに疑問を感じたものの、自分には何ができるのかと悩む日々を過ごしました。

その頃、東日本大震災が起こりました。それから、国際協力から東北支援に移って活動を始めます。

僕のターニングポイントになったのは、陸前高田の体育館の壁に残っていた、娘2人からお母さんに宛てた手紙でした。それを見たとき涙が止まらなくなって、これまで海外にあった思いが、日本に引き寄せられました。

それから、「持続可能な社会」について考えを深めた子どもたちを育んでいくことが、僕にできる国際協力なのかもしれないと気づいて。それで、教師になることを決めました。


——今まさに里見さんがなさっているESD教育と直結するエピソードですね。最後に、今後挑戦していきたいことについて教えてください。

地域で「しんたつランド」を開催したいです。

地域のNPOと連携できそうな動きがあるので、新巽中学校の子どもたちが3年間SDGsに取り組んだ集大成として、地域でイベントをさせてもらえたらいいなと思っています。

中学3年間の中で、今回の取り組みが花開かなくても全く問題はなくて、将来「あのときあの人がこんなことを言っていたな」と今のことを思い出してくれたらうれしいです。

ただ暮らしているだけではできない機会を用意することが
公立学校の役割と語る里見さん


子どもたちの中で何か少しでも残るものがあったらいいですよね。生徒が「自分にできることをやってみたいな」と思ってくれたら大成功です。

学校という場で、ただ暮らしているだけではできなかった経験を生徒にさせてあげることが、公立学校の役割なのではないかと思っています。

今回の記事で、全国の先生が「自分にも何かできるかもしれない」と感じられて、学校の中で少しでもSDGsへの取り組みが増えていくことを願っています。

〈取材・文=田中 美奈/写真=ご本人提供〉