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思いついてもやらなかったらゼロ!意外なほどに小さな一歩が、人生を変える大きな一歩になる

思いついてもやらなかったらゼロ!意外なほどに小さな一歩が、人生を変える大きな一歩になる

「すべての子どもたちに、安全で豊かな放課後を届ける」をミッションに、放課後の小学校施設を活用し、1~6年生の誰でも参加可能、地域住民や専門家ら「市民先生」によるプログラムが受けられるという特徴のもと、アフタースクールを運営してこられた放課後NPOアフタースクール代表理事の平岩国泰さん。

子どもたちの放課後を支えてきた功績から数々の賞を受賞し、多くのメディアからも注目される平岩さんだが、意外にも自分自身のことを「臆病者で慎重なタイプ」だと分析する。

どのような行動が現在の平岩さんを作り上げたのか、これまでの活動の軌跡と共に伺った。

写真:平岩 国泰(ひらいわ くにやす)
平岩 国泰(ひらいわ くにやす)
放課後NPOアフタースクール代表理事
1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、人事、経営企画、海外事業などを担当。2004年長女の誕生をきっかけに「放課後NPOアフタースクール」の活動開始。2011年会社を退職し、教育の世界に専念。


ボランティアから始めた、はじめの一歩

——放課後NPOアフタースクールは2004年に構想され、今年で16年が経ちます。今どのくらい広がっているのでしょうか

2011年にアフタースクール第1号が誕生し、今年の春までに関東圏を中心に21校が開校しています。

今では91人の正社員と200人以上のアルバイトスタッフ、そして数百人のボランティアスタッフによって各地でアフタースクールを運営するに至っています。


——なぜ、アフタースクールを始めようと思ったのですか

きっかけは、娘の誕生です。
娘が産まれた2004年は、心を傷めるような子どもの連れ去り事件が多く発生した年でした。犯人が捕まって事件は解決しても根底に恐怖が残ってしまう。その現状をどうにかできないかなと思い始めたんです。

そしてあるとき、そういう事件の多くは15時~18時の間、つまり放課後に起こっていることに気がつきました。それが初めて「放課後」というキーワードを意識したときでした。


私は当時会社員をしていましたが、私にできることは何かないかと考えていました。

そんなときにたまたま高校時代からの同級生と話をする機会があり、その彼がアメリカには放課後の小学校施設を活用し、地域の大人たちが「市民先生」として子どもたちに知恵や技術を教えるアフタースクールというものがあることを教えてくれたんです。アフタースクールがアメリカの放課後を支えている、と。

放課後に何かできないかと考えていた自分にとっては運命のように感じました。自分の中での問題意識があり、解決になるかもしれない手段が目の前にある。あとは、自分がやるかやらないか。

それがきっかけとなり、日本にアフタースクールを作ることができないか、模索する日々が始まりました。 


——会社員をされながら、始められたんですね

はい。私の勤めていた会社は水曜と日曜が休日だったので、毎週水曜日にボランティアでアフタースクールを始めました。

最初に手をつけたのは市民先生探し。
地域の方で和食の伝統を伝えたいという職人さんが見つかり、その方にお願いすることにしました。

しかし、アフタースクールを開催する場所探しには苦労しました。アメリカのように放課後の小学校施設を活用できないかと、近隣の小学校に電話をかけたら、ことごとく断られたんです。ときには不審者まがいの扱いをされました(笑)。仕方なく公民館を借りることにして、チラシを刷って児童の募集を開始したんです。


集客にも非常に苦労しました。学校や児童館にチラシを置いても、誰一人として集まらない。さすがに心が折れかけそうになったんですが、あるパン屋さんに貼らせてもらっていたチラシを民生委員の方が目にして、なんと4人の小学生を集めてくれたんです。

何百枚のチラシよりも、たった一人の地域の方の声がけがこんなにも大きい力を持っているんだと感じさせられた出来事でした。そうして、はじめてのアフタースクールをなんとか開催することができました。


どの子にも絶対に良いところがある

——実際に開催された手応えはいかがでしたか

参加してくれた4年生の男の子との出会いが、私の原点になっているんですが、彼は勉強も運動も苦手で、ちょっとしたことですぐに泣いてしまうような男の子でした。でも、3カ月間のアフタースクールを通して彼はメキメキと成長していったんです。

彼が変わったきっかけは、市民先生がかけた一言でした。

ある日いつものように公民館にやってきた彼に、先生が「おぅ一番弟子が来たな、俺は君がいないと困るんだ」と声をかけたんです。

君がいけなければ困るって、言われてこんなにうれしい言葉はないですよね。尊敬する人から君が必要だって言われた彼は、すごい元気になっていったんですよ。


そのときにアフタースクールは最高だと思って、これは続けねばって思ったんです。未だに彼のような姿をどの子にも追いかけています。

”どの子にも絶対にいいところがある”っていうのを私たちはかたく信じています。この不確実な世の中において”絶対!”と言えることは少ないのですが、これはもう”絶対!!”です。

放課後は苦手なことよりは得意なことや好きなことを伸ばしていく時間なので、そっちに注目すること、それを家族や先生だけではなくて、多様な地域の大人たちを巻き込むことを大切にしています。


——そうしてアフタースクールは成長を遂げていくわけですね

実は軌道にのるには、まだまだ先は長いのです。ボランティアで週1日のアフタースクールを6年運営していたんですが、子どもたちが毎日通えるアフタースクールを作りたいと思っていました。

公立の学校は教育委員会の方々に話しても、なかなか難しかったので、同時に私立の小学校に提案をさせてもらっていました。そのときに出会ったのが、新渡戸文化学園でした。


学園に訪問し、資料を使って説明しようかなって思っていたら、当時の理事長が部屋に入るなり「君の夢を語ってくれ」っておっしゃったんですね。「うわっ」と思って、もう汗かきながら、一生懸命話しました。

娘が生まれて湧き出た親としての思い、日本の放課後を変えたい、アメリカでアフタースクールがあるんだ、一生懸命ワーッと話して、一時間半くらい話したと思います。そうしたら理事長室を出るときに、「君とやろう」って握手をしてくださいました。


——それは胸にグッと込み上げるものがありますね

そうですね。新渡戸文化学園の理事長はとても志高い方で、「新渡戸文化のためだけにアフタースクールをやるのではなく、日本全国のモデルになるためにやっていこう」と言ってくださいました。

アフタースクールを通じて子どもたちのために!という思いに共感してくださったことがうれしかったです。

そのうちに他の私立学校からも声がかかるようになり、2015年には念願だった公立学校でのアフタースクール開校も実現しました。そして今では、私立・公立含めて21校のアフタースクールが開校しています。


——NPO法人として、起業もされたんですね

もともと私は「起業しよう!」というマインドを持った人間ではないと思います。どちらかというと慎重なタイプの人間で。自分の中の慎重さと好奇心が戦って、いつもちょっとだけ好奇心が勝つんです。

今振り返って思うのは、人生を変える一歩って意外と小さな一歩だということです。

大きなことを成し遂げるにはすごい決断をしなければいけないと思っている方が多いと思うんですが、私の人生を振り返っても、ちょっと誰かに会いに行くとか、1回だけ勉強会に参加するとか、そういう小さなところで人生が大きく変わってきました。

「この本おすすめだよ」と言われても、意外と読まない人が多いと思うんですよね。でも素直に買ってみるって大事だと思うんです。何か面白そうだなと思ったことには斜に構えずに素直に乗っかってみる。

自分自身を振り返っても、小さな一歩の積み重ねが、人生を変える大きな一歩につながっていったと思っています。そんなことを思い出すと、わらしべ長者の話をよく思い出します。まだまだ自分はその途上ですが。


ゆっくりと時間をかけて固めた意志は、壊れない

——これまでの話を聞いて、小さな一歩から多くの希望が生まれているように感じます。平岩さんが一歩踏み出すときに大切にされていることはどんなことですか

実は4つもあるんです、多くて申し訳ございません(笑)。

1つは先ほどもお伝えした直感的におもしろいと思ったことに乗っかってみるということ。

2つ目は、自分を呼んでくれたり必要としてくれるところに行ってみること、参加してみるっていうのも一つの決断の仕方だなって僕は思っています。

3つ目は、考えることは行動することだと思っています。
1人で机の上で考えるより、人に会って自分の気持ちを話した方が、その気持ちが本物かどうか分かったり、整理されたり、アドバイスをもらってまた考えたりできると思うんです。じっと考えるよりまず、行動してみることが大切だと感じています。

最後は、とにかく小さな一歩をたくさん積み重ね、試してみること。
思いついても何もしなかったら、結局それは思いついていないのと同じでゼロなんです。何かを思いついたら0.1でも0.2でもいいからやってみて、継続してみる。

それが続いていく中で、自分の思いが固まっていくのだと思います。新聞紙や折り紙のような薄い紙を何回折ると38万km離れた地球から月まで届くか?数学的にはなんと40数回です。

このことからも分かるようにゼロはどこまでいってもゼロですが、小さな1歩はすごい1歩なのです。


——平岩さんも、そんな風に自分の気持ちを固めていったのですか

そうですね。私にも、決断できない時期がありました。

起業家の本を読んでは、「この人は自分とは異なるあっち側にいる特別な人で、私はこっち側でそうなれずに決断できない人間なんだ」と思い悩みました。

しかし、自分が意識していたあっち側とこっち側の線を、気づかぬうちに越えていた気がするんです。それはある日突然越えていたというよりは、知らない間に越えていたという感覚です。

「ゆっくり固まった氷は強い」と言いますが、まさにそれと一緒でゆっくりと時間をかけて固めた意志は、決して壊れない

臆病者でも意志を固めることができます。小さな一歩をたくさん積み重ねて気持ちを固めていくと、それは思い切りが良い人が急に決意を固めるよりもずっと強く固い信念になる可能性があります。

どうか信念は諦めないでほしいと思います。


——平岩さんの思いに共感した方が集まり、withコロナの状況であっても子どもたちに安全で豊かな放課後を届けられていらっしゃいますが、最後に、人の上に立つ上で大切にされていることを教えてください

組織の代表とか理事長の立場で言うと、こうなりたいっていうなりたい姿を定義して、何度も何度も一生懸命伝えて、気持ちをそろえることが大切だと思っています。

その上で、一緒に頑張る仲間のいいところを引き出すことに尽きます。

「あなたのあそこはダメだね」って言われて楽しい人はいないので、いいところをどんどん発揮してもらえるよう、適材適所な配置をしていくことも大切だと思っています。

私は幸せな仕事の方程式は誰かの笑顔×自分らしさという定義をおいています。人は誰かのために何かをするときに最も力が出ます、そしてそこに自分らしさが加わると最高で最幸です。

まさに「君がいないと困る」です。
私は放課後NPOのスタッフにも新渡戸文化学園の皆さんにも一人ひとりそう感じています。


やっぱりみんな自分のいいところを見てほしいし、人に分かってもらいたいって思いますよね。特に大事な人には分かってもらいたいなって思いますよね。

ですので、組織の代表としては、一番遠い世界=ビジョンを語るのと、一番身近で大切なこと=スタッフの日々の心に寄り添うを大切にすることが僕の仕事だと思っています。

一番遠いところと一番近いところが僕の役目で、真ん中はマネジメント層の方たちお任せします。

そういう意味では、個人面談を毎年皆さんと個別にするんですけど、どうですか?っていうのを僕自身が聞いて、大変だねとか、よくやったねとか、そういう話をしていくのがものすごい大事だと思っています。


教育は素晴らしい夢のある職業です。
私たちと共に過ごした子どもたちが身の周りの人や世界を幸せにしてくれるかもしれない、その周りの人がまた相乗効果を加速度的に出してくれるかもしれない、そう思うとこんなにワクワクする仕事はありません。

これからも微力ながら、“地域で子どもを育てる”という日本の素晴らしいDNAをいかすべく明るく頑張りたいと思います。


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