ピースフルな関係づくりを学ぶ、川西こども園のPSP(ピースフルスクールプログラム)。導入から4年、子ども・先生・保護者に起きた変化とは?
奈良県川西町の田んぼに囲まれた川西こども園は、2017年に新設された、社会福祉法人愛和会によって運営されている認定こども園である。2021年からピースフルスクールプログラム(通称PSP)を導入し、子どもたちの対話力や多様性を受け入れる力を育んでいる。
同園では4・5歳児を対象に月1~2回プログラムを実施しており、自分の気持ちを言葉にしたり、友達の思いに耳を傾けたりして、対話で対立を乗り越える術を学んでいるという。プログラムを通して、子どもたちはもちろん、保育を担当する先生方にも成長があったのだとか。
実践の中で見えてきたPSPの価値や可能性について、園長の川田美穂さん、主幹保育教諭の北林千明さん、4歳児担任の勝井葉子さんに話を聞いた。
川西こども園 園長
北林 千明(きたばやし ちあき)さん|写真左下
川西こども園 主幹保育教諭
勝井 葉子(かつい ようこ)さん|写真右下
川西こども園 4歳児担任 PSP専任担当保育教諭
自分の意見を持とう。伝えよう。
——まずは川西こども園について教えていただけますか?
川西こども園は、奈良県川西町で2017年に新設された私立の認定こども園で、田んぼに囲まれた自然豊かな場所に位置しています。
私たちの法人が運営する園では、共通して「たくましくしっかりした子」という育てたい園児像を掲げています。また、川西こども園が掲げている「ワクワクドキドキがいっぱい」という保育方針に基づき、好奇心あふれる毎日を送れるようにと保育を行っています。

——どんなきっかけがあって、PSPを導入されたのでしょうか?
前園長が、PSPを日本で広めている熊平美香さんからPSPの教育プログラムについて教わり、感銘を受けたことが導入のきっかけでした。
前園長曰く「多様な人や価値観であふれる社会へと変わっていく中で、違いや対立を対話で乗り越えるPSPが、子どもたちがこれからを生き抜いていく力と、人とのつながりを大切にする心を育む」と感じたのだそうです。
当園を運営している法人は、他にもいくつかのこども園と保育園を有しており、開園当初は他の園から先生方が集まりスタートしたんです。法人内のそれぞれの園には独自の特色があったため、保育に対する思いもそれぞれに違う視点を持っていました。
そのためPSP導入を通して「職員間にも対話を大事にし、互いの考えを尊重しながらより良い保育ができるようにしたい」という思いがあったそうです。そして、開園から4年経った2021年からPSPを実施し始めました。
——プログラムは、具体的にどのように実施していますか?
4歳児・5歳児の2年間で完結するように、全26回のPSPレッスンを月に1〜2回の頻度で実施しています。
1レッスンは30〜40分で、実施時は1クラス20人ほどの園児がお互いの顔が見えるように、コの字や半円になって座ります。普段とは少し違った座り方をするので「今日はPSPの日だね」と、今は子どもたちもレッスンを楽しみにしています。

全26回のレッスンは
ユニット1:お友だちと仲良くなろう
ユニット2:気持ちを大切にしよう
ユニット3:お互いの違いを大事にしよう
ユニット4:みんなで遊ぼう
ユニット5:けんかを解決しよう
ユニット6:誰かのために動こう
となっています。
全26回のレッスンは、自分の意見を持つところから始まり、他者や自分が所属する居場所に対してどのような貢献ができるかを考えていきます。

4歳児の初回は、PSPの中でも最初に行う「自分の意見を持とう」というレッスンを行います。
なぜこのレッスンがPSPのレッスンのスタートになっているかというと、このプログラムの根底には「良い社会をつくるためには、一人ひとりが自分の意見を持つことが重要だ」という考え方があるためです。
だからまず最初に「自分の意見を持っていい」「自分の思いは伝えていい」と、子どもたちにレッスンを通して伝えます。このレッスンを通して、「思っていることを言っていいんだよ」という安心感も感じてほしいと考えています。
レッスンを実施する際には、複数の先生が教室の中にいるようにしています。
なぜかというと「思っていることを言っていい」と感じてほしいため、どの子の意見も拾えるように、子どもたちのそばに寄り添って一人ひとりの思いをしっかり受け止められるようにしたいから。子どもが言いたいことを言えるようになるために、ときには言葉を補いながら、みんながお互いの伝えたいことを理解できるようにサポートしています。
その結果子どもたちにとって安心でき、気持ちが落ち着ける時間を作れているのではないかと感じています。
——安心できる声掛けや環境づくりを大切にされているのですね。レッスンや、日頃の生活から大事にしていることはありますか?
レッスンの最初に必ず「ピースフルではないお友達はいますか?」と聞くことから始め、ピースフルでない子がいる場合も安心した気持ちで取り組めるように、声を掛けます。
レッスンのテーマを導入するためにサルとトラのパペットを用いた寸劇を見せたり、レッスンの最後には補助に入ってくれる先生にロールプレイのお手本役になってもらいながら、学んだことを練習をします。

パペットを使うことで、子どもたちがレッスンテーマに興味を示しやすく、「今日は何を教えてくれるのかな?」と期待を持ってレッスンに参加するようになります。だいたいのシーンが、サルくんとトラくんのけんかから始まることが多いのですが、子どもが思わず見入ってしまうほど、気づけば保育教諭も演技に力を込めてまうことも多くて(笑)。
すると子どもたちも目を丸くして「何が始まったんだ?」と話に入り込んでいる表情を見せてくれます。この寸劇が、感情を理解するのにとても役立っていると感じます。

PSPのレッスンをする際には、「感情カード」も大事なツールとして使っています。このカードは、イラストと文字で「うれしい」「悲しい」「怒っている」などの気持ちを表したもの。
子どもたちは通園すると必ず、今の気持ちに近いカードを自分で選んで壁に掛けてもらうようにしています。この活動を続けることで、誰かが「悲しい」のカードを掛けているときには「どうしたの?」「何が悲しいの?」と声を掛け合う姿が見られるようになりました。
園児たちは日頃から自然と自分の気持ちに向き合えて、友達の気持ちにも関心を持つようになるきっかけになっているように感じています。
子どもにも、先生にも、保護者にも変化が生まれるプログラム
——これまでの実践の中で、試行錯誤しながらさまざまな工夫をされてきたのですね。導入にあたり、何か課題はありましたか?
初めは、PSPに対して未知な部分が多く、特にレッスンを担当する私たち担任にとっては、戸惑いや不安も大きかったことを覚えています。
それが子どもたちにも伝わっていたようで、自信のない発問に対しては、当然子どもたちからも発言が返ってこないという状況が生まれることもありました。
そこでそれぞれの保育教諭たちが実践したことを蓄積して共有するために、レッスンの動画や指導案を残したり、PSPを中心になって推進している保育教諭と、レッスン前に綿密に打ち合わせをしたりすることで、徐々に保育教諭たちのプログラムへの理解度が高まってきました。

PSPのレッスンを受けるのは4・5歳児のみのため、実際にレッスンを実践している職員は全体の中でもわずか。そのためレッスンに関わっていない先生方にとってPSPは「指導するのが難しいもの」というイメージがあったようです。
そんなイメージを払拭するために、新年度になって4・5歳児の担任が決まると必ず、PSPの内容やカリキュラム、進め方を共通理解できるようにレッスン内容を説明したり、実際に体験研修を行ったり、お互いにレッスンを見学したりする機会を作っています。
こうした研修をきっかけに、レッスン中はもちろんのこと、日頃の保育における子どもたちへの声掛けが、職員の中でも少しずつ変わっていきました。「こういうとき、どうすればよかったかな?」といったように、PSPで学んだことを使ってみるよう促す声掛けをするようになりました。

レッスン後には職員間で、必ず振り返りを行います。
振り返りでは子どもたちの成長について話したり、逆に「この話は伝わりづらかったかも」といった反省もしたりします。その振り返りをもとに、次回のレッスンに向けた改善点を出し合ったり、教材の準備について検討するようになりました。
——導入に当たって、保護者への周知や理解も必要だったと思います。保護者の方にはどのようにお話されているのでしょうか?
最初のレッスンが始まる前に、4歳児の保護者の方にPSP実施に関するお手紙を出して、プログラム開始をお知らせしています。毎回レッスンが終わったら、連絡アプリを通して保護者の方にレッスンでの子どもたちの様子をご報告します。
5歳児のクラスでは、保育参観でPSPのレッスンの様子を実際に見ていただき、一緒に体験する機会も設けています。
参観の後には「こんなに真剣に話を聞いているんですね」「家でも“こう言うといいんだよ”と教えてもらいました」といった声をいただくことも多く、家庭でも子どもたちの言葉が生きていることを感じます。
また、兄弟姉妹がPSPを経験しているご家庭では、下のお子さんが「早くやってみたい」と楽しみにしてくれるケースもあるようです。
保護者の方にもPSPのレッスンを一緒に体験していただくことで、文章だけでは伝わらない子どもたちの学びや反応を実際に感じていただけます。参観を通じて「うちの子がこんなに自分の気持ちを話せるようになっていたなんて」と驚かれる方もいらっしゃいます。
PSPも保育の一部なので、保護者の理解と協力は欠かせません。一緒に子育てをしていくパートナーとして連携を大切にしています。
プログラムが始まってから、人前で思いを表現することが苦手だったお子さんが自分の気持ちを話せるようになったというエピソードを聞いたことがあります。
子どもの変化を受けて、保護者の方も家庭で気持ちを聴くようになったという話も聞いています。
対話を通して、安心して過ごせるピースフルな文化づくりを
——取り組みを始めて、子どもたちはもちろん、先生や保護者の方にも変化があったことに驚きました。皆さんが感じているPSPの魅力は何ですか?
一人ひとりが違っていても当たり前で、みんなそれぞれ素敵なところがある。自分の気持ちを大切にして、お互いに認め合いながらみんなが安心して過ごせる場所づくりができることがPSPの一番の魅力だと思います。
PSPで学んだことはレッスン内だけでなく、日々の生活や遊びの中にも自然と息づいています。子どもたちが「今の気持ちは〇〇だよ」と自分から伝えたり、友達に優しい言葉を掛けたりする場面が増え、保育教諭もその姿に学ばせてもらっています。
子どもだけでなく、先生たちの関わり方にも変化が生まれました。お互いの考えや気持ちを尊重し合うことが当たり前になり、職員間でも“ピースフル”な空気が生まれています。
PSPは、子どもに教えるためのものではなく、子どもと大人が一緒に気づき合い、育ち合うプログラムだと感じています。

5歳児になると、遊びの順番を決めるときに、レッスンで体験したことを使って、話し合いながら自分たちで解決できるようになってきています。
レッスンを通じて「〇〇なときは、こんな風に行動するといい」と、具体的な行動指針が示されるので、子どもたちにとって使いやすいのだと思います。
卒園した後、小学校で新しい友達と出会ったときにも、PSPの学びが生かされてほしいと考えているので、小学校の先生方にもこの取り組みを伝えたいです。
——今後PSPを園や学校に取り入れてみたいと考えている方に、何かメッセージをいただけますか?
正解と間違いがはっきりとした時代から、いろんな価値観の中で自分の思いをもとに選択する時代になっていると感じます。その中でお互いの違いをどう考え、思いを共有して良い関係につなげていくかが大切だと思います。
保育の現場では日々、予想外の出来事が起こりますが、そうした場面でも頭ごなしに指導するのではなく「どう感じた?」「どうしたら良かった?」と対話しながら解決していけるようになりました。子どもと大人が同じ目線で学べるPSP。この学びがもたらす関係性こそが、これからの教育に必要なものだと感じています。
PSPは、そうした“ピースフルな文化”を園全体に広げていく取り組みでもあります。
違いを受け入れ合いながら、一人ひとりが安心して自分らしくいられる。そんな環境づくりに、ぜひこのプログラムを役立ててほしいと思います。
〈取材・文/先生の学校編集部、写真:川西こども園ご提供〉