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ノートもパソコンも完全無料のスラム街初の学校をガーナに設立!資本主義の真実を見た美術家の挑戦

ノートもパソコンも完全無料のスラム街初の学校をガーナに設立!資本主義の真実を見た美術家の挑戦

世界の電子機器の墓場と言われるガーナのスラム街アグボグブロシー。

この地の貧困問題と環境問題をアートの力で変えるため、現地の電子廃棄物を再利用し美術品を制作。
これまで850個のガスマスク配布、スラム街初の学校設立、2019年には電子廃棄物美術館を開館したのが、マゴクリエーション代表取締役であり美術家の長坂真護さんだ。

今年の3月には自身の活動を伝えるドキュメンタリー映画「Still A Black Star」の製作費をクラウドファンディングで募り、3,000万円を超える資金を集め、CAMPFIRE映画部門歴代1位を獲得した。

長坂さんの活動の原動力、そして彼が目指すサスティナブル・キャピタリズムについて伺った。

写真:長坂 真護(ながさか まご)
長坂 真護(ながさか まご)
MAGO CREATION株式会社 代表取締役 兼 美術家

1984年生まれ。2017年にガーナのアグボグブロシー地区にあるスラム街に単身初渡航。世界中の電子機器のゴミが集まる最終墓場と称される地で、目の当たりにした惨状(深刻な電子機器のゴミ、環境悪化、健康被害、貧困)を何とかしたいと立ち上がり、アート制作の傍ら、ガスマスクを400個現地へ運び配布。その後、自身で教師も雇いスラム街の子どもたちが無償で通える小学校を設立。2019年9月18日同スラム街に電子廃棄物美術館を開館。将来的にはこの地にリサイクル工場を建て、ゴミを資源にし、新たな産業を生み出そうという試みをしている。この活動がハリウッドのドキュメンタリー映画監督Kern Konwiser氏(エミー賞受賞)の目に留まり、2019年夏に撮影開始、2020年公開予定。現在は、東京とLA、アグボグブロシーを拠点にグローバルに活動している。

資本主義経済の真実を見てしまった

Photo by Fukuda Hideyo

――なぜ、ガーナのスラム街アグボグブロシーに足を運ぼうと思ったのでしょうか

きっかけは、たまたま目にした経済紙Forbesのコラム記事で、見渡す限りのゴミ山で、両手いっぱいにゴミを抱える小さな女の子の写真を見て、電流が走ったんです。何だこれと。

Forbesの写真はフィリピンのスモーキーマウンテンだったのですが、ゴミの問題について調べてみるとアグボグブロシーは、世界最大級の電子廃棄物の墓場だと紹介されていました。

いろいろ下調べしようと思っても情報が出てこないし、百聞は一見にしかずと思い、現地に向かいました。それが2017年6月のことです。


――実際に見て、いかがでしたか

そのときは、見なきゃよかったって思いました。

日本はきれいな国だと言われますが、日本を含む先進国が出したゴミの後始末を貧困国に押し付けていただけだと、真実を目の当たりにしてしまったからです。

僕たちが小さい頃にお世話になったゲーム機などもたくさん転がっていました。

スラム街の住人たちは、そういった先進国が捨てた電子廃棄物を燃やして出るわずかな量の銅などのメタルを売って生計を立てています。


灼熱の太陽の中、一日たったの500円ほどで12時間働く彼らの多くは、野焼きで発生した有毒ガスに侵され若くして死んでいきます。このスラム街には、40歳を超える人はいないと言われるほどです。

この負のサイクルのおかげで、僕たちの豊かな生活は成り立っている。そんなおかしな資本主義経済の真実を見てしまったと思いました。開けてはいけない扉を開けてしまったと。


――そのような不条理な現実をアートで変えようと決意されたんですね

そのときは、安易に「ガーナの人たちを助けたい」なんて言えませんでした。それくらいの衝撃でした。

なので最初の渡航では「また今度来るね」と、社交辞令で別れたのですが、そのときに彼らから「シャツとガスマスクがほしい」とお願いされ、気が付けば最初の渡航から3カ月後にはシャツとガスマスクを持って、ガーナに向かっていました。

そのとき僕に用意された選択肢は2つでした。
この世界の不条理を見なかったことにするのか、それともガーナのためにアートを捧げるのか。

そして2017年のクリスマスの頃、「僕ができる全てを、彼らのために捧げる」、そう決めました。


サスティナブルとは「経済×文化×社会貢献」である

――実際に何から始められたのでしょうか

世界の不条理を目の当たりにした僕は、この事実を自分のできる全ての術で先進国民のみんなに伝えていきたいと考えました。

自分のできる術というのが、10年以上続けてきたアートだったので、スラムでも不必要になった電子機器ゴミを使ってスラム街の人々をモチーフに油絵作品を制作しました。


スラム街のゴミからアートを作り、それで得たお金をスラム街に還元する。

だから僕がしているのは、ゴミを減らし、経済性に貢献し、文化性も高め、そして世界中に環境問題のメッセージを伝える活動です。

実は、最初は50万円程度で売買されていた作品でしたが、あるとき展示会で1,500万円で売れたんです。

これまで100万円でも売れなかった作品が1,500万円で売れた。それはなぜだろう?とずっと考えていました。

そしてそのときに、アインシュタインの言っていた「相対性理論」ってこういうことだったのか!と、腹落ちしました。

Photo by Fukuda Hideyo

――アインシュタインの相対性理論ですか

そうです。サスティナブルなアートの“相対性理論”です。

豊かさをX軸、時間をY軸とする十字座標を考えると、開発が進んだ先進国はXYともにプラスの極付近に、ガーナのスラム街はマイナスの極付近に位置付けられる。

両者の間にある相対的な距離が不条理な問題を引き起こしているわけですが、マイナスの度合いが高いゴミであればあるほど、アートにしたときにプラスの価値が高くなるんです。

だからガーナのスラム街のゴミを活用したアート作品に1,500万円という価値が生まれたわけです。これが秋葉原の家電ゴミでは、成立しません。

しかも作品が売れるほど、そのお金はゴミの削減に役立てられ、文化と経済、環境の全てがつながったサイクルが回っていきます。これが僕が目指すサスティナブル・キャピタリズムです。


――具体的に伺えますか

僕はサスティナブルを「経済×文化×社会貢献」と定義しています。

今回挑戦したクラウドファンディングのリターンもアート作品をリターンにしましたが、ゴミが減るだけでなく、3,000万が手に入り、多くの人にガーナの現状を知ってもらえた。

これはCSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)のような考え方ではなく、CSV(Creating Shared Value、共有価値の創造 )、つまり価値を共有しながら経済発展に貢献しよう、という考え方です。

僕は、これが本当の意味でのサスティナビリティだと思っています。これまでの資本主義の固定観念をぶち壊していきたい、革命を起こしたいと思っています。


寄付の代わりにフェアトレードを

――2018年には、現地に完全無料の学校も建設されたそうですね

先ほどお話した1,500万円のアートが売れたお金で、ノートもペンも完全無料のスラム街初の学校「MAGO ART AND STUDY」 を設立しました。

地産地消ではないですが、学校は現地の大工さんに作ってもらいました。現地に雇用を生み出すということも意識しています。

現在先生は2名いて、7坪ほどの学校ですが、今後50年、僕が死ぬまで完全無料を保証した学校です。今もスラムの子どもたちが英語、算数、アート、社会、環境問題について学んでいます。

Photo by Nagasaka Mago

――なぜ、学校を建設されようと思ったのですか

スラム街で働く仲間から「息子を学校に通わせてほしい」と頼まれたことがきっかけです。でも、個人的な同情で通わせてしまうのは平等ではないと思いました。実際に他の仲間からのクレームがくることも予想できました。

スラム街にはたくさんの未就学児がいて、お金がないから通えない子どもたちがたくさんいる。そこで、誰もが通える完全無料の学校を作ることにしたのです。

ここもやはり寄付には頼らず、CSV(Creating Shared Value、共有価値の創造 )の考え方で、運営資金をまかなっています。


――なぜ、寄付には頼らないのでしょうか

この件に限らず、うちの会社は、寄付や投資を受けることを禁止しています。寄付は個人的にはしますが、“お涙ちょうだい”だけではビジネス的に続きません。

寄付はしないよりしたほうがいいし、それ自体は立派な行為ですが、大抵の問題は一度寄付しただけでは解決されない。ボランティアについても同じことが言えます。

僕自身もさまざまな失敗を繰り返し、そのことを体感した結果、「寄付の代わりにフェアトレードを」という考えに行き着きました。


――実際に、学校に通っている子どもたちの様子はどうですか

英語を話せなかった子どもたちが話せるようになったり、足し算などの計算もできるようになっています。現地に行く度に進化しているので、驚いています。

実は学校が開校した日、先生が「創設者のマゴさんが、この学校を始めてくれました」と言って、授業を始めたんです。

その途中で、彼らが英語で「しあわせなら手をたたこう」を歌い始めたんですが、その様子を見て、貧困、人権、いろいろな問題が詰まっているこの劣悪な環境の中で、生き生きと、ニコニコと幸せそうに手をたたいてる彼らの姿に、心から学校を作って良かったなと思いました。


才能を呼び起こすのに必要なものは、紛れもなく「真実の愛」

――日本の教育について、感じていらっしゃることを伺いたいです

僕はけっこう勉強ができなくて、成績も悪かったんですよ。

でもそれって5教科という枠組みの中での話であって、例えば、ガーナに行って、スラム街を救うという教科があったとしたら、僕は間違いなく特待生なんですよ。

5教科の出来だけでイケてる・イケてないを判断してはいけないと思っています。それが日本の教育に対して、違和感を持っているところです。

みんなに、天才の才能はありますから。さらに才能を呼び起こすのに必要なものは、紛れもなく「真実の愛」です。


――「真実の愛」ですか

例えば、僕たちは日本で育ったので日本語を話していますが、アメリカで育てられたら英語を話すだろうし、ガーナで育てられたら、ガーナの言葉を話します。

でも犬は、どこの国で育とうが「ワン」としか言えませんよね。人間だけに与えられた才能です。

そして、僕が日本語を話せているのは、母親とコミュニケーションを取りたい、話したいという「愛」が、僕に日本語を話すという才能を与えたわけです。

人間は愛があれば、何にでもなれる、天才にでもなれる。
でもいつ花が咲くかは分からないですし、どんな花が何個咲くかも分かりません。でもいつか絶対に花は咲きます。

だから親御さんや先生には、子どもたちに愛を持って接してもらいたいです。


――花が咲くように、ついついコントロールしたくなってしまいます

僕は「仕事しないで、なんで絵を描いているの?」と散々言われ続けてきました。親には「ろくでなし」とも言われました。苦しかったですし、萎縮していたと思います。悪いことをしているわけではないのに、悪いことをしているような錯覚にも陥りました。

でも、ガーナのスラム街で出会った彼らを本気で救いたいという愛が芽生えたことで、油絵も描いたことがなかったし、映画も制作したことはなかったけど、挑戦した。そして全てにおいて結果を出すことができました。

真実の愛が才能を呼び起こすというのは、そういうことです。
それらの経験から「利益を追求しても愛は生まれないけど、愛を追求すれば利益が生まれる」ことを知りました。

皆さんも、今取り組んでいることに努力をされていらっしゃると思います。

ただ一度問うてほしいんです。そこに、真実の愛はありますか?と。

もしかしたら、皆さんの身近にはご自身の価値観では到底理解できない行動をする子どもたちがいるかもしれません。でも、そういう芽をつぶさないでください。

答えを教えるのではなく、その子の可能性を見出すような関わり方をしてもらいたいです。人間は人間に生まれている時点で、天才になる才能を持っていますから。