教える=知の伝達と蓄積がなければ、人類は一瞬で滅びてしまう。教え方を転換し、待つと誘うのあわい(間)を生きるのが教師という職業のおもしろさ
かつて「正解」を教えることが疑われなかった時代から、多様性が叫ばれ、不登校が過去最多を更新する現代へ。私たちは今、改めて「教える」という営みをどう捉え直せばよいのだろうか。
そこで、哲学を「本質洞察に基づく原理の提示」と定義し、「そもそも教育とは何か」を根本から問い直してきた哲学者であり教育学者の苫野一徳さんに、人類の歴史における「知の蓄積」のドラマから、150年続く「一斉教授」の限界、そしてAIが台頭する未来における教師の役割まで、幅広く話を聞いた。
1980年生まれ。哲学者・教育学者。「そもそも教育とは何か」を問い続け、多様な人々が相互に承認し合える社会や教育のあり方を探究している。「学びの構造転換(学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合)」を提唱し、全国の自治体・学校のアドバイザーも務めている。著書に『「学校」をつくり直す』『教育の力』『愛』『どのような教育が「よい」教育か』など多数。
「知の伝達」がなければ、人類は一瞬で滅びてしまう
——苫野さんは、哲学の視点から教育の本質を長年探究されています。そもそも、「教える」という営みをどのように定義していますか?
最も端的に表現するとすれば、「知の伝達・継承」です。ただ、何をどのように教えるかまで深掘りしていくと、この言葉の意味合いは変わってきます。人類史という長いスパンで見たとき、「教える」という行為、つまり「知の伝達と蓄積」がなければ、今の私たちは存在し得ませんでした。
おもしろい例があります。北極圏の先住民族イヌイットが作る「イグルー(雪の家)」は、現代の建築家が見ても驚くほど精巧で合理的です。しかし、19世紀や20世紀に北極圏へ入ったヨーロッパの探検隊は、遭難して装備を失った際、誰一人としてその家を作る発想に至れず、多くが命を落としました。
何百年もかけて積み上げられた「生きるための知」は、一朝一夕の個人のひらめきでは到達できないものなのです。

もう一つ、南米原産のタピオカの原料となるキャッサバというイモの話も象徴的です。
キャッサバには強い毒性があるのですが、現地の人々は何日もかけて複雑な手順で毒抜きをします。「なぜその手順なのか」は、やっている本人たちにも科学的には分からない。けれど、「こうすれば毒が抜ける」という知恵を何百年、何千年とかけて伝達・継承してきたからこそ、彼らは命をつないでこられたのです。
逆に、その知恵の伝達なしにキャッサバだけがアフリカに持ち込まれた結果、毒に苦しむ人々が出てしまったという悲しい歴史もあります。このように、人類が「集団脳」として蓄積してきた知の遺産を、次の世代へ教え、渡し、発展させていく。この営みへのリスペクトを、私たち教育関係者は決して失ってはならないと思います。

——「知の伝達」は生存のために不可欠だったのですね。しかし最近では、探究学習や子ども主体の学びが注目される一方で、先生が前に立って「教える」という行為がどこか軽視されているような風潮もある気がします。
「教えるから学ぶへ」というパラダイム転換はもう何十年も言われていますが、これを安易に捉えて、「教えることは悪だ」となってはいけません。先ほど申し上げた通り、人類の知の遺産を伝達・継承することの価値は、決して失われることがないからです。
ただ、その「教え方」に限界がきていることは事実です。そこには、近代以降の教育が抱える「ねじれ」があります。
——ねじれ、ですか。
近代以前の教育は、共同体の維持発展のために「正しさ」を伝達することが目的でした。
必要に迫られて教え、必要に迫られて学ぶ。これが基本構造だったのです。ところが近代以降、社会は「全ての人が自由に生きられる社会」を目指すようになります。私はこれを「自由の相互承認」と呼んでいますが、教育の目的も、本来は子どもたちが自由になるための力を育むことへと変わったはずでした。
しかし、ここで歴史的な皮肉が起きます。19世紀、欧米列強や日本が近代化を進める際、富国強兵や殖産興業のために、国民の教育水準を一気に底上げする必要に迫られました。そこで採用されたのが、子どもたちをベルトコンベアに乗せるように、同じ内容を、同じペースで、同じように教える「一斉教授(一斉授業)」というシステムです。これは当時としては、教育を大衆化するためのイノベーションでした。

しかし、そもそも一人ひとり学びのペースも興味関心も違う人間に対し、一律の教育を施せば、構造的に「落ちこぼれ」や「吹きこぼれ」が生まれるのは必然です。
さらに、子どもたちの自由を育むはずの学校が、一斉指導を成立させるために過剰な規律や管理を強いるようになり、結果として学校が苦しい場所になってしまう。これが今の不登校増加の背景にある、150年続いたシステムの限界だと私は考えています。
人間にとって最も自然な学び方への構造転換
——近代のシステムが、現代の子どもたちの実態と合わなくなっていると。
そうです。「教える」こと自体は尊いのですが、その「教え方」が限界に来ているのです。
かつてソクラテスは、自分も答えを知らない「正義」や「徳」について、若者たちと対話をしながら共に考え、答えを生み出しました。
これは「産婆術」とも呼ばれますが、教える側も教わる側も共に考え、新たな知を生成していく。こうした「対話を通した教え合い」もまた、古くからある「教える」の姿なんですよね。 現代の学校も、一方向的な知識の注入から、対話的で協同的な学びへと転換すべき時期に来ています。

——では、これからの学校における「教える」は、具体的にどう変わっていくべきでしょうか?
私が提唱しているのは、「学びの構造転換」です。具体的には、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」です。
まず、「学びの個別化」。子ども一人ひとりのペースや理解度に合わせて学べるようにすること。次に、「学びの協同化」。「個別化」と言っても、全てを一人でやるという意味ではありません。必要に応じて、力を貸し借りできる。そんな「緩やかな協同性」の中で学ぶ環境です。
そして、カリキュラムの中核に「学びのプロジェクト化」を据えます。自分たちで問いを立て、探究し、答えを創り出していく学びです。このプロジェクト型の学びの中で、先ほどお話しした「人類の知の遺産」にも出会えるようにカリキュラムをデザインするのです。
必要感を持って学ぶので、知識も定着しやすい。これは、人間にとって極めて自然な学びのあり方なんですよね。
——それを実現するには、先生の役割も大きく変わりそうですね。
これからの先生の役割の基本は、「信頼して、任せて、待って、支える」。これに尽きます。「あれをしろ、これをしろ」と指示・命令ばかりしていては、子どもはいつまでたっても自由を行使できる主体になりません。
ルソーも言っていますが、指示ばかりされていると、人はそのうち「息をしなさい」と言われないと呼吸さえしなくなるかもしれない(笑)。まずは子どもの育とうとする力を信頼し、任せてみる。そして、余計な手出し口出しをせずに待つ。でも、放任はしません。困ったときには必ず支える。このスタンスが、子どもたちの自由と相互承認を育む土台になります。
——「待つ」というのは、現場の先生にとって勇気がいることかもしれません。一方で、先生だからこそできる能動的な働きかけもあるのでしょうか?
あります。私はそれを「お節介な撒き餌(まきえ)」と呼んでいます。先生というのは、やっぱり「知の世界の先輩」なんですよね。「この世界にはこんなにおもしろいことがあるよ」「学ぶってこんなに楽しいぞ」ということを知っている。だから、「どうだ、おもしろいぞ!」と、お節介に種をまくんです。 誰が何にいつ食いつくかは分かりません。
でも、先生が情熱を持ってまいた餌(きっかけ)が、ある子の人生を変えるような探究につながることもある。「信頼して待つ」という受動的な姿勢と、「お節介に誘う」という能動的な姿勢。この二つの「あわい(間)」を生きるのが、教師という職業のおもしろさであり、一生をかける探究テーマなのだと思います。
相手によって、あるいはその子のタイミングによって、どちらの顔を出すかを変えていく。この「あわい」のバランス感覚こそが、これからの教師に求められる高度な専門性ではないでしょうか。
忙しい現場を変える鍵は、「対話」による断捨離
——AIが教育現場にも入ってくる中で、先生の役割はどうなっていくと思われますか?
AIの進化は、むしろ私たちを「学びの本質」に立ち返らせてくれると私は前向きに捉えています。教科の知識を効率よく教えることにかけては、今後AIの方が優秀な家庭教師になるでしょう。
そうなったとき、「なぜ学校に行くのか?」が問われます。その答えは、AIには決して代替できない「生の体験」と「対話」にあります。五感を通したリアルな体験や、生身の人間同士がぶつかり合い、認め合う対話。そして、自分たちのクラスや学校のルールを自分たちで決めていくという「民主主義の練習」ができること。
これこそが学校の価値であり、それをファシリテートし、環境を整えることが、これからの教師の最も重要な専門性になっていくはずです。
——どうすれば今の学校のシステムを変えていけるのでしょうか。
「忙しいから対話の時間が取れない」とよく言われますが、実は逆なんです。「対話がないから忙しい」のです。 私が伴走している自治体や学校では、まず職員室に「対話の文化」を作ることから始めます。例えば、校内研修の時間を対話ベースに変えてしまう。

そこで、いきなり実務の話をするのではなく、まずは「なぜ先生になったのか」「どんな子どもが育ったらうれしいか」といった、青臭い「根っこ」の話をするんです。そうやってお互いの教育観を知り合い、リスペクトし合う関係性ができると、「じゃあ、私たちの学校は何を目指す?」という最上位目標が見えてきます。
目指す方向が共有できれば、「そのためには、この行事は形を変えてもいいんじゃない?」「この事務作業はいらないよね」と、前例踏襲だった業務を「断捨離」できるようになります。
ある小学校では、先生たちがそれぞれのチャレンジを「ちょっと聞いてよ」と話し合い、応援し合う文化が生まれました。すると、学校の雰囲気がみるみる明るくなり、子どもたちにもそれが伝播していくんです。
——対話を通して関係性を育むことが、学校のシステムを変える一歩になるということですね。一方で、長年続いたシステムはあまりに強固です。「どうせ変わらない」という無力感を感じている先生もいるかもしれません。
気持ちは痛いほど分かります。教育のシステムは、入試制度から教員養成、教科書まで全てが絡み合った「がんじがらめ」の構造になっているので、一つを変えるだけでも大変なエネルギーがいるからです。しかし私は、今度こそ変わると確信しています。実は今は、日本の教育史における「4度目の正直」の時期なんですよ。
1回目は大正自由教育、2回目は戦後新教育、3回目は「ゆとり教育」のときの総合学習。これらは子ども主体の素晴らしい実践がありながら、戦争や学力低下批判などで頓挫してしまいました。
なぜ過去3回は失敗したのか。それは、「そもそも何のための教育か(=自由の相互承認)」という哲学の共有と、それをどう実現するかを現場で話し合う「対話」が決定的に足りなかったからです。

でも今回は違います。国も自治体も本気で「学びの構造転換」へ舵を切り、現場では対話を通して自分たちの学校をつくろうとする動きが広まっています。日本中で今、こうした「公教育の第4の構造転換」とも言える動きが始まっています。
2040年頃には、今の学びの形が大きく変わっているだろうと私は予測しています。 先生方が一人で抱え込まず、同僚と、そして子どもたちと「対話」をしながら、学校という場を自分たちの手でつくり直していく。そんな希望ある営みが、これからも広がっていくことを願っています。
〈取材・文:先生の学校編集部/プロフィール写真:ご本人提供©️eri yamada(2025)〉