生徒も、教職員も、地域の人も「自分の居場所がここにある」と思える学校をつくるために──アメリカのチャータースクールが「Equity Lens」を開発した理由
「この学校の仕組みは、誰かを無意識に排除していないだろうか?」
そんな問いから始まったのが、The Cottonwood School of Civics and Science(以下、Cottonwood School)の挑戦だ。アメリカ・ポートランドにあるこのチャータースクールでは、生徒・保護者・教職員・地域の全ての人が「自分の居場所がここにある」と感じられる環境をつくるために、「Equity Lens(公平性の観点から物事を捉えるためのツール)」を独自に開発した。
Equity Lensとは、学校の軸となる価値観であり、社会や物事を捉える際の“フィルター”や“ものさし”のような存在だという。この取り組みの背景と、その先に見据える未来について、Cottonwood SchoolでEquity & Belonging Directorを務めるSade Riversさんに話を聞いた。
※チャータースクールは、アメリカで導入されている保護者・教員・地域団体などが州や学区の認可(チャーター)を受けて設置し、公費で運営される公設民営型の学校
Equity & Belonging Director
今の仕組みは、誰を無意識に排除しているだろう?
ーー貴校が「Equity Lens」を開発しようと思った背景・きっかけを教えてください。
約5年前、Cottonwood Schoolでは「公平性(Equity)」の考え方を学校全体に取り入れるため、複数の外部コンサルタントと連携して取り組みを始めました。まずは、教師や管理職、そして当時の私のような保護者からなるDEI(多様性・公平性・包摂性)委員会を結成し、専門家のサポートを受けながら活動を進めました。
その中で、教職員、理事会、保護者を対象にした「公平性に関するアンケート調査(Equity Audit)」を実施し、集まったデータやフィードバックをもとに、当時の公平性コンサルタントであるAvivaと共に「Equity Lens(公平性の観点から物事を捉えるためのツール)」を開発しました。
ーーそのように考えるようになったきっかけとなる出来事や課題、気づきがあれば教えてください。
私たちは、有色人種の家庭の入学者が非常に少ないことに気づきました。その背景には、入学案内の方法や募集の仕組みに偏りがあるのではと考えるようになりました。実際、当時の募集方法の多くが「口コミ」に頼っており、在校生のほとんどが白人家庭だったため、どうしても似た属性の家庭が集まりやすい構造になっていたのです。
このような状況を踏まえ、私たちは広報の方法や入学選考のプロセスを見直しました。その一環として、「有色人種の家庭には応募時に通常の3倍の抽選枠を付与する」という新たな入学制度を導入する提案を理事会に行いました。
これは「Equity Lens」に基づき、「今の仕組みがどんな人たちを無意識に排除してしまっているのか」「どんな壁が存在しているのか」を丁寧に考察した結果生まれた施策です。
この制度の導入により、たった5年で、有色人種の生徒比率が18%から約40%にまで増加しました。新たな抽選制度は、これまで学校に立ちはだかっていた大きな壁を取り払うことにつながりました。
ーーどのようなステップで、「Equity Lens」を開発し、活用されているのでしょうか?
8つのステップで「Equity Lens」を開発し、活用しています。

学校コミュニティ全体のニーズや願いをきちんと映し出すものに
ーー「Equity Lens」をつくるにあたって、どんな価値や原則を最も大切にされましたか?
「Equity Lens」を作成するにあたって、私たちは次の5つの基本的な価値を特に重視しました。
(1)インクルージョン(包摂性)
全ての人の声が、特にこれまで声が届きにくかった人たちの声が、意思決定の中できちんと聞かれ、考慮されること。
(2)内省と改善の責任
自分たちの取り組みやその成果を継続的に見直し、不平等が生じていないかを確認し、必要に応じて改善していく責任を持つこと。
(3)透明性
なぜ、どのようにして意思決定が行われているのかを、全ての関係者が理解できるように、明確なプロセスを整えること。
(4)所属感
全ての生徒、保護者、教職員、地域の人々が「自分の存在を認識してもらえる」「大切にされている」「支えられている」と感じられる環境を育むこと。
(5)文化的応答性
学校コミュニティに存在する多様なアイデンティティ、背景、経験を理解し、尊重する姿勢を持つこと。
これらの原則は、私たちの学校が「地域に根ざした学び」を重視しているというミッションにも深く根ざしています。Cottonwood Schoolでは、学びは地域や環境、現実社会とのつながりの中で生まれると考えています。私たちは真の公平性とは、その土地や人々、そしてそれぞれの生徒が学校にもたらす独自の強みを尊重することだと考えています。
この「Equity Lens」は、そうした私たちの価値観を、日々の実践や長期的な意思決定の中でしっかりと生かしていくための道しるべなのです。
ーー声が届きにくい立場の人たちの意見を、どのように反映させましたか?
「Equity Lens」の作成にあたっては、プロセスのあらゆる段階で、声が届きにくかったり、これまで意思決定の場に参加しづらかった人たちの意見を丁寧に取り入れることを、私たちは意図的に大切にしてきました。
まず、多様な立場や経験を持つ教職員、保護者、地域住民によって構成されたチームを立ち上げました。特に、歴史的に周縁化されてきた人々にも加わってもらい、彼らの実際の経験や多様な視点を取り入れることで、偏った視点に陥らないように配慮しています。また、生徒の声を中心に据える姿勢も重視しました。
BIPOC(黒人・先住民・有色人種)、LGBTQ+、神経多様性(ニューロダイバーシティ)といったコミュニティに属する生徒たちに対しては、リスニングセッションやカジュアルなフィードバックの機会を設け、安心して自分の思いを共有できるよう工夫しました。
さらに、グループでの話し合いに参加しずらい、発言しにくいという家庭や教職員には、1対1の対話の場を設けることで、それぞれが無理のない形で意見を伝えられるようにしました。こうした多様なアプローチによって、さまざまな立場の声が確実に届くようにしたのです。
加えて、集まったデータやフィードバックを「Equity Lens」の視点から丁寧に見直し、傾向を把握すると共に、このツールが学校内の実際の格差や経験に対応していることの確認を行いました。
私たちが目指したのは、単に多様な声を集めることではありません。集まった声をもとに「Equity Lens」そのものを形づくることでした。このツールが、学校コミュニティ全体のニーズや願いを正確に映し出すものとなるよう、心を込めて取り組んできました。

「Equity Lens」は、チェックリストではなく、マインドセット
ーー「Equity Lens」を取り入れてから、学校内でどのような変化がありましたか?
「Equity Lens」を導入して以来、Cottonwood Schoolではさまざまな変化が生まれています。
まず、教職員やリーダー層の意識が大きく変わり、意思決定の場面でこれまで見過ごされがちだった人たちへの影響をより深く考えるようになりました。その結果、会議や計画の場において、より丁寧で包摂的な対話が増え、学校全体で公平性を意識した取り組みが根づきつつあります。
また、入学制度にも大きな変化がありました。「Equity Lens」の考え方をもとに、支援が届きにくい家庭にも配慮した加点式の抽選制度を導入したことで、より公平な入学の仕組みが実現しました。その他、生徒の行動に関する方針など、他の学校規則についても見直しが進んでいます。
教育内容にも影響が及んでいます。教員たちはカリキュラムやフィールドワークの計画において、このレンズを使いながら内容を見直し、多様な視点が反映されているか、また、全ての子どもが学びに参加できる環境になっているかを確認しています。
さらに、これまで学校との関わりが少なかった家庭からの参加が明らかに増えました。特に、ターゲットを明確にした働きかけや、誰もが意見を伝えやすいフィードバックの仕組みを整えたことで、学校と家庭とのつながりが強化されています。
まだ始まったばかりの取り組みではありますが、こうした変化の積み重ねが、「Equity Lens」を学校の文化にしっかりと根づかせ、日々の実践の中で生かされる存在になりつつあることを実感しています。
ーー課題に感じていることはありますか?
「Equity Lens」の導入によって見えてきた課題の1つは、変化に対する一部教職員の戸惑いや抵抗でした。学校として公平性をより重視し、支援の対象や方向性が明確に変わっていく中で、その変化にうまく適応できず、翌年度に学校を離れた教職員もいました。
公平性への取り組みは理想だけでなく現実の困難も伴うものであり、時間と対話を重ねて進めていく必要があります。こうした状況を受けて、私たちは現在も継続的な専門研修やサポート体制を整え、教職員一人ひとりがこの取り組みに向き合い続けられるよう努めています。
また、データの収集と活用にも課題がありました。「Equity Lens」を使って学校全体を見直す過程で、特定の生徒グループに関する包括的なデータが不足していることに気づいたのです。このため、取り組みの効果を十分に評価するのが難しい場面もありました。今後は、見えづらかった層の実態もきちんと捉えられるように、より意図的で継続的なデータ収集が必要であると感じています。

ーー最後に、「Equity Lens」のようなDEIの指針を作ろうと考えている他の学校やコミュニティに伝えたいことはありますか?
「Equity Lens」の導入は、Cottonwood Schoolにとって大きな転換点となる経験でした。取り組みを通じて得た学びの中で、他の学校や地域にも役立つと感じたことがいくつかあります。
まず重要なのは、「公平性とは何か」を学校として明確に定義することです。抽象的なまま進めるのではなく、共通の理解を持つことで、取り組みの方向性をそろえ、全員が同じ目標に向かって進んでいけるようになります。
また、多様な声をできるだけ早い段階から、そして継続的に取り入れることが欠かせません。特に、これまで声が届きにくかった人たちに「フィードバックを求める」のではなく、「共にこのツールをつくっていく」存在として関わってもらうことで、より現実に即した、意味のある指針になります。
さらに、「Equity Lens」は、「チェックリストではなく、マインドセット(考え方)である」という意識も大切です。理事会の議論、カリキュラム設計、日々のちょっとした判断に至るまで、あらゆる場面でこのレンズを自然に使えるようにすることで、組織の文化として根づいていきます。もちろん、こうした取り組みには不安や抵抗を感じる場面もあります。だからこそ、教職員への研修や、安心して対話できる場づくりが必要です。
最後に、ツールの効果は一度つくって終わりではなく、定期的に見直し、必要に応じて更新していくことが求められます。質的・量的な評価の両面から振り返ることで、見えていなかった課題や改善点に気づくことができます。
私たちはこの取り組みを、「一度きりのプロジェクト」ではなく、「継続的に学校を見直し、より包摂的で公正な学びの場をつくっていくための姿勢」として捉えています。生徒、家庭、教職員、そして地域の全ての人が「自分の居場所がここにある」と感じられるような学校文化を育てること。それが「Equity Lens」を通じて私たちが目指している未来です。
Equity Lens
Cottonwood Schoolの教職員、理事会、委員会(総称してCSCSコミュニティ)が活用するこの「Equity Lens」は、Inclusion(包摂性)と機会へのアクセスを促進するために、企画立案・意思決定・資源配分の質を高めることを目的としています。

【誰に影響を与えるか】
Who are the groups impacted?
この意思決定によって影響を受けるのはどのようなグループでしょうか?
現在の生徒・家庭・職員などの属性や分解されたデータの傾向を確認し、対象となるグループを明確にします。
【対象グループの配慮】
Could this decision ignore or worsen disparities for specific target groups?
今回の決定は、特定の対象グループにとって格差を見落としたり、むしろ悪化させる可能性はないでしょうか?あらかじめその影響を検討します。
【対象グループの関与】
How have you involved target groups in your decision-making process?
意思決定にあたって、対象となるグループの声をどのように取り入れましたか?
(リスニングセッション、アンケート、インタビューなどの実施を含む)
【障壁の特定と対応】
What barriers were identified by target groups?
対象グループによって自身がどのような障壁が特定されましたか?また、その他に考えられる障壁は?
これらの障壁をどう取り除くか、その対応策を検討します。
【情報共有の方法】
How will you communicate the decision to students, families, staff, and partners?
この意思決定の内容を、生徒、保護者、教職員、地域のパートナーにどのように伝えますか?
伝え方や伝達手段について具体的に考えます。
【評価と振り返り】
Create a plan for reviewing this decision.
この意思決定をどのように評価し、振り返っていくかの計画を立てます。CSCSコミュニティのメンバーをどのように評価プロセスに関与させるかも明確にします。
このレンズは、Cottonwood Schoolにおいて意思決定を行う際に「公平性の視点」を忘れずに持ち続けるための実践ツールです。日々の判断が全ての人にとって公正で、支え合えるものとなるよう意識的に使っていきます。
<取材・文:先生の学校編集部/写真・画像:ご本人ご提供>