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全ての人が、一歩踏み出す力を持つリーダー。システム思考教育家の福谷彰鴻さんが伝え続けていること

全ての人が、一歩踏み出す力を持つリーダー。システム思考教育家の福谷彰鴻さんが伝え続けていること

マサチューセッツ工科大学の上級講師であるピーター・センゲ氏が提唱した組織マネジメントのアプローチ「学習する組織」。

世の中が複雑で、より不確実になってきていることもあり、「学習する組織」をつくるために支えとなる「システム思考」に、今注目が集まっている。

学校教育へのシステム思考のツールや演習の普及を通じて、これからの組織、コミュニティ、社会を創造できる「対話するリーダー」の育成に従事するシステム思考教育家の福谷彰鴻さんに、システム思考を学ぶ意義について話を聞いた。

写真:福谷 彰鴻(ふくたに あきひろ)さん
福谷 彰鴻(ふくたに あきひろ)さん
システム思考教育家

学校教育へのシステム思考のツールや演習の普及を通じて、これからの組織、コミュニティ、社会を創造できる「対話するリーダー」の育成に従事。各種セミナー、教員向けワークショップ、国立大学や中高一貫校等でシステム思考教育プログラム設計を支援している。大学卒業後べンチャー経営企画、米国ヘルスケア企業等を経て、2012年よりSoL(組織学習協会)にてMIT上級講師『学習する学校』著者ピーター・センゲの各種ワークショップの運営を補助。10年にわたってセンゲから直接の指導を受けている。現在、Academy for Systems Changeフェロー、クマヒラセキュリティ財団システム思考教育アドバイザー、SoLジャパン世話人。Hult International Business School MBA。ロンドンシティ大学経営学修士。大阪大学人間科学部卒。


つながりに着目すると、問いが変わる

——そもそも「システム思考」とは何か?そこからお話を伺えますでしょうか?

よく言われるのは「木を見て森も見る」という考え方です。

原因と結果を一対一の関係で見るのではなく、相互のつながりに着目し、課題を引き起こしている構造を捉え、未来を創造することです。

先日、僕が主催するシステム思考の講座に、ICTが得意な先生が参加してくださいました。熱心に同じ学年の先生たちにICTの使い方や教材を共有していたそうです。そしてシステム思考のツールや講座参加者との対話を通して、相互のつながりに着目してみると、こんなことに気づかれました。

良かれと思って学年の先生たちにICTのレクチャーをしているけれど、他の学年の先生との分断が起きているのではないか、生徒たちにとっても学年が変わり先生が変わってしまうと、ICTの使い方のレベルが落ちてしまうのではないか、究極自分が異動になったら、積み上げてきたものはゼロになって振り出しに戻ってしまうかもしれない。

ということは、私一人が頑張るのではなくて、ICTを推進している部署を巻き込んで推進していくことが、生徒にとっても、先生たちにとっても、学校にとってもいいのではないか、そんな気づきでした。

システム思考のツールと講座参加者たちとの対話を通して、そんな発見をされていたんです。何より、自分がエキスパートとして情報を伝達することで、ほかの先生が受け身になっている可能性さえありました。


——なるほど。部分だけを見たり、短期だけを見たりしていると、望まない方向に進んでしまうことがある、ということですね。

問いが変化しているんですよね。

それまでは、「どうやったら学年のICTに積極的ではない先生たちにやる気を持たせて、活用してもらうか?」だったのが、「人の異動が必ず発生する公立学校においてICTを推進していくには、私はどこに目を向けなければいけないか?」という問いに変わったんです。

問いが違うだけでアプローチが変わりますよね。

今回の場合で言えば、目の前の課題をどうにかしようとすると、「どうやって学年の先生たちのやる気を引き出すか?」になります。でも、つながりに着目して長期的に何を目指しているのかを考えていくと、一人で取り組むのではなく、人を巻き込みながら変化を作り出していくアプローチが必要だと見えてくる。

それに先生ご自身で気づかれたのが素晴らしいなと思いました。


——どうして、ついつい目の前の誰かを何とかしようと思ってしまうのでしょうか?

これは「思考の癖」ですね。

一人ひとりが持つ思考の癖を「メンタルモデル」と言います。「この人が問題だ」という部分に注意が向くと、「この人をどう変えるか」という問いしか頭に浮かばなくなってしまう。

でも一歩引いて考えて、自分のこれまでの思考の癖でアプローチをすることで、結果として自分自身も望んでいない結果を作っているかもしれないと気づくことができれば、違うアプローチに進める可能性があります。

だから、習慣化していく必要があるのは、自分の思考の癖や、物事の捉え方の癖に気づいていくことです。


——どうしたら、自分の思考の癖に気づくことができるのでしょうか?

その方法は恐らく1つしかなくて、自分の思考に気づく練習をすること、実践することです。

そういった場として、2018年4月からもう4年ほど、先生向けのシステム思考のワークショップを続けています。ワークショップでは、ループ図や推論のはしご、氷山モデルといったシステム思考のツールを使い、慣れ親しむことから始めてもらっています。

大事なことは、ツールをよく知ることではなく、「こういうことか!」と自分ごとになる経験を増やしていくことなんです。

福谷さんが開催しているワークショップの様子


新しい思考の癖を作っていく

——まさに自分の思考の癖に気づく習慣化ですね。

システム思考のツールを使い続けることで、思考や感覚が磨かれていくんですね。その結果、日常で「今、推論のはしごを駆け上がっているかもしれない」と思えたり、何とかしなければいけない課題に直面した際に、「今の打ち手には、長期的視点で考えてみると、どんな副作用が起こりうるだろう?」といった問いが自然と浮かぶようになったり。

そんな新しい思考の癖を作っていくためにワークショップを続けています。ですので、まずはシステム思考のツールを使ってみてもらいたいという思いがあります。

良いツールの特徴は、そのツールを使うことによって使う人の能力を高めてくれることにありますが、まさにシステム思考のツールはそういった特徴を持っていると思います。

だけどツールが変化を生み出すわけではなく、ツールを使うことで私たちがより良い存在になっていく、私たちの力が変化を生み出すという視点は忘れてはいけないかなと思います。


——実際に学校でツールを活用されている先生の取り組みを伺えますか?

よく聞くのは、後輩の先生と接する際に、その先生の話を聞きながら「短期的にはそうやってるんだね。じゃあ長期的に生まれる副作用は何だろうね」みたいな話を「ループ図」を使ってされているとか。

「短期も、長期も考えましょう」というシンプルな話なんですが、ループ図があると状況が可視化されて理解が進むんですよね。そして、「システム原型」という、さまざまな分野で共通して見られる問題の構造の基本パターンが10個ぐらいあるんですが、「このパターンにあてはまってないかな?」というはじめの見立てとして使うこともできます。

また「推論のはしご」は、人がどのような事実や事象、情報から、どのような推理・推論を行い、最終的な意見や結論に行き着いたのか、そのプロセスを可視化するツールです。このツールは一人でも扱いやすいので、推論のはしごから使い始める方が多く、チームの共通言語にできると、何か食い違いが起きたときもどこで食い違ったのか一緒に振り返ることができます。

ワークショップに参加してくれている高校の先生の授業では、生徒たちがツールを使って気候変動の問題について考えたりしているそうですよ。

その他のツールについても、雑誌HOPEで詳しく説明しています


——別の取材でも、生徒たちはすぐにツールを使いこなすことができて、教職員に使ってもらう方が難しいという話がありました。

変に一般化したくないのですが、大人の悪い癖だと思うんですよ。ちゃんと理解できないと使えないという。

でも自転車の乗り方を学ぶのに、仕組みを学ぼうとしますか?しないですよね。僕たちは、自転車に乗って練習するから乗れるようになるんですよね。

システム思考も同じで、実践するから使えるようになるわけです。ツールの理解や、理論の理解にとらわれて、かえって理解できないということは多い気がします。

書籍を読んで難解な用語につまづいてしまうよりも、ワークショップなどで自分の現実についてほかの人と対話すること。いろいろな気づきの経験があると、きっとあとから書籍が深く理解できます。


「学習する組織」は、全員のリーダーシップの話

——職場や学級で「学習する組織」を実践する上で、前提条件のようなものはあるのでしょうか?

コンフォートゾーンという言葉がありますよね。できることばかりで、不安のない状態。そこから一歩踏み出していく、これが学ぶ行為なんです。

僕らは学ぶ存在として生まれてきます。歩くこと、話すこと、自転車に乗ること、できなかったことができるようになること、これら全てが「学び」です。だから元々コンフォートゾーンを超え続ける学ぶ力は持っているんだけど、それをさまざまな経験や理由から隠してしまうようになる。

ですので、元々持っている学ぶ力をどうやったら発揮できるか、どうやったら育むことができるのか、そういった問いを持って一緒に働く仲間や子どもたち、そして自分自身に関わることが根本的な条件だと思います。

「わたし」から学習と変化を始めていく姿勢です。逆に誰かが、ある学校を「学習する組織」にしようとして、設計図を作ってきて戦略を立てて実行させようとしても、恐らく、そのようにはならないと思います。

「学習する組織」は、全員のリーダーシップの話なんですよ。ちなみにこれは、トップのコミットメントが必要ないという意味ではなく、トップにどんなコミットメントがあったとしても、ほかのメンバー一人ひとりの関わり方次第でまったく違った成果になる。誰のリーダーシップも大切だという意味です。


——リーダーシップですか?

コンフォートゾーンから踏み出していくことが学ぶ行為だとお伝えしましたが、リードって言葉の語源がまさに、「一線を越えて踏み出す」なんですね。

学習する組織におけるリーダーというのは、敷居を越える人、一歩踏み出す人のことを指すので、役職は関係ありません。僕らはみんなリーダーで、みんな学ぶ存在で、その力をどう育むか。それが「学習する組織」を実践する上で、欠かせない視点だと思います。

ピーター・センゲさんがこんな話をされていました。

システムの変化がどこで起きるか。物事がつながり合う相互依存性や関係性をシステムと呼んでいますが、僕たちの慣れ親しんだ思考では、変化はトップで起きると思うんですよね。

大統領が変わったから国が変わるとか、社長が変わったから企業が変わるとか。ところがそうではないんです。システムって連絡指示系統の話ではなくて、いろんなものがつながり合って、影響を与え合っているという話です。

そうすると、システムの変化がどこで起きるかという問いに対して、センゲさんはこう言っています。

強力で超優秀なトップによってシステムが変化するのを私は一度も見たことがない。システムが変化するとき、変化はあらゆる場所で起きるんだ」。

これは、「どこからでも変わりうる」という意味でもあると思っています。


——最後に、読者へメッセージをお願いします。

僕らが生きるこの時代は、テクノロジーがどんどん進化していって、より速く、そしてよりたくさんのものを扱えるようになっていますよね。そのような時代において、今問われているのは、その進化していくテクノロジーを扱う知恵が我々にあるか、ということ。

幾何級数的に情報量が増えていき、機械が何でもやってくれる時代において、僕らに必要な知恵が何かを考えたとき、「今のままもっと頑張れ」ではなくて、「立ち止まって考えること」だと思います。センゲさんも昨年末に上梓された書籍の中で、立ち止まりましょう、スローダウンしましょうと、繰り返し伝えています。

今の私たち、子どもたちに必要な学習は何か。私たちはどんなことを学びたいのかということが、すごく大切な問いになってきます。

ぜひ立ち止まって、一緒に考えていきましょう。

〈取材・文=鈴井 孝史/写真=ご本人提供〉


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