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「あなたはどうしたい?」に答えられない日本人。「学習する組織」は、現状とありたい姿のギャップを埋めるアプローチ

「あなたはどうしたい?」に答えられない日本人。「学習する組織」は、現状とありたい姿のギャップを埋めるアプローチ

VUCAな時代と言われて久しい現代に、工業社会時代の成功体験から抜け出せない日本の教育モデルが抱える問題は、政治や社会の重要なテーマとなっている。

国や各自治体、学校単位で、「教育改革」「教育再生」などさまざまな取り組みが行われる中、教育者たちの間で注目され、実践され始めているアプローチが「学習する組織」だ。

「学習する組織」とは、マサチューセッツ工科大学の上級講師であるピーター・センゲ氏により統合された組織論。

この組織論に感銘を受け、日本の学校への啓蒙に力を入れている21世紀学び研究所代表の熊平美香さんに、「学習する組織」との出会いや、日本の学校に浸透させたいと思った理由、学ぶ意義について話を聞いた。

写真:熊平 美香(くまひら みか)さん
熊平 美香(くまひら みか)さん
21世紀学び研究所代表/昭和女子大学キャリアカレッジ学院長/クマヒラセキュリティ財団代表

ハーバード大学経営大学院修了。2015年に21世紀学び研究所を設立し、企業と共に教育のエコシステムを創る活動を開始。幼児・小学校向けにシチズンシップ教育『ピースフルスクールプログラム』を展開。著書に、『リフレクション 自己とチームの成長を加速させる内省の技術』がある。Learning for AllなどNPO活動にも参画。


「あなたはどうしたい?」に答えられない日本のエリート

——熊平さんは「学習する組織」のコンセプトを日本の学校に浸透させていきたいと、2010年頃から活動されていらっしゃいますが、なぜ学校に浸透させていきたいと思われたのでしょうか?

もともと私はリーダーシップやチームビルディング、組織開発を軸にコンサルタントとして多くの企業変革をサポートしてきました。あるとき、アメリカのある会社が企業変革の推進のために「学習する組織」のリーダー養成プログラムを実施していることを知り、参加したんです。

そのときに「学習する組織」のコンセプトに共感して、日本に広げていきたいと思い、いくつかの大手メーカーさんの研修で実践させてもらいました。でも根本的な精神がかみ合わなくて、うまくいかなかった。

実は、「学習する組織」には5つの規律(ディシプリン)が不可欠で、そのうちの1つである「自己マスタリー」が日本では習慣化されていないことに気づきました。

自己マスタリーとは、自分が何者で、何のために自分がそこに存在していて、どんな貢献をしたいかとか、そういう哲学的な、いわゆる「自分はどうしたいのか?」を言語化できている状態のことを指します。

大手メーカーに勤務する方たちは、いわば優等生のエリートたちですが「あなたはどうしたい?」「あなたたちは何したい?」と尋ねても、フリーズしてしまって言葉が出てこない。自己マスタリーを持っていなかったんです。


——私もある企業に勤めていたときに、「あなたはどうしたい?」と聞かれて、言葉に詰まった経験があります。だからこそ、「学習する組織」のコンセプトを教育現場にも届けようと思われたのでしょうか?

「学習する組織」のコンセプトを浸透させていくには、大人へのアプローチだけでなく、幼少期からの習慣が大切だと思い、教育の世界に私の活動自体も軸足を置くようになりました。

「学習する組織」の提唱者であるピーター・センゲ先生も、「社会人になってからでは遅すぎる」と思われて学校へのアプローチを続けていらっしゃいます。その内容が『学習する学校』という書籍にまとめられています。

ただ日本の学校は、まだまだ画一的で、一人ひとりの感情や気持ちを押し殺す方に向かわせているので、学校での浸透も簡単なことではないことを、活動を続ける中で感じています。

ピーター・M・センゲ氏著書の『学習する学校』と『学習する組織』


——『学習する組織』や『学習する学校』の書籍を手に取られたことのある先生は多くいらっしゃると思うのですが、書籍のボリューム感に圧倒されて学びが進まない方も多いように感じます。「学習する組織」とは、一言で表現するならどういったコンセプトなのでしょうか?

「学習する組織」は、現状とありたい姿のギャップを埋めるアプローチなんです。そのありたい姿に近づく、ないしは、ありたい姿を実現するのが「学習」。

おそらく学習という言葉が、理解を難しくさせているかもしれませんが、学習(learn)は勉強(study)とは別物です。

「学習する組織」において、学習(learn)は、現状とありたい姿のギャップを埋めるための手段なんです。そのため、学習(learn)には、問題解決や創造活動も含まれます

答えのない時代には、問題の本質を見極め、答えを創造しなければならない。そして、この学習を支えるのがクリエイティブテンション(内発的動機)なので、クリエイティブテンションが高まるような「ありたい姿(ビジョン)」の明確化が欠かせない

先ほどお伝えした自己マスタリーが欠かせないということです。


「学習する組織」の要は、自己マスタリー

——自己マスタリーを育むには、自分と向き合う時間が必要そうですね。

その通りで、クリエイティブテンションも、自分の意思でそれを実現したいと思うのか、やらなきゃいけないからやっているのかで、自分の状態が大きく異なることは皆さんも経験されたことがあると思います。

「学習する組織」はスタートラインとして、そのクリエイティブテンションを持つことを求めるコンセプトなので、まずは「自分を知る」というリフレクション(内省)と、「ビジョンを形成する」というリフレクションで、自己マスタリーを習慣化しようと伝えていますが、自分と向き合うのって思っているより難しいですよね。

だから私も、リフレクションのツールを開発しました。

熊平さんが開発したリフレクションツール「認知の4点セット」


——認知の4点セットですね。

「認知の4点セット」は、自分が何を大事にしていて、どんなビジョンを形成したいかをサポートするツールで、私としては「学習する組織」をつくるために開発しました。

自分の考えていることと自分の気持ち、大事にしている価値観をちゃんと言語化できると、自分はこういうことをやるとうれしいんだなとか、モチベーションの源泉も分かりやすくなります。

基本的に感情は大きく分けてポジティブ、ネガティブの2つだとして、ポジティブなときは自分の大事にしている価値観が満たされていて、ネガティブのときは満たされていないんです。そのポジティブ、ネガティブの感情を自覚し、自分が何を大事にしているのかを知る・振り返る機会をつくることで、「自分を知る」が深まります

そういったことを繰り返していくと、自分が何を大事にしていて、どういうときにクリエイティブテンションが高まるのかが分かるようになるので、主体性(自分の意思や判断に基づき、責任を持って行動すること)が発揮しやすく、自分を生かしやすくなります。


——冒頭に「学習する組織」には5つの規律(ディシプリン)が不可欠という話がありましたが、5つの規則の重要度合いは一律でしょうか?

書籍にも書かれていますが、要となるのが「自己マスタリー」で、それがないと残りの4つである「メンタルモデル 」「チーム学習」「システム思考」「共有ビジョン」は、機能しないと言われています。

要するに、ありたい姿のギャップを埋めていくには前提として主体性が欠かせないということですよね。でも残りの規律もやはり欠かせないものです。

例えば、「システム思考」は、ものごとを一連の要素のつながりとして捉え、そのつながりの質や相互作用に着目するものの見方ですが、いいビジョンを定義しようと思ったらシステム思考が必要になるし、ビジョンの実現においてもシステム思考は欠かせない。

OECD(経済協力開発機構)が2019年に公表した学習の枠組み「ラーニング・コンパス」にもシステム思考という言葉は、デザイン思考と並んで記載がありました。この2つの思考法はこれからの時代を生きる上で必須の思考法だと思います。

2つに共通するのは「課題の本質を捉え、未来を創造する」ということ。ただ、システム思考もデザイン思考も自分一人だけで取り組むのは難しく、対話が欠かせません


共創には、対話が欠かせない

——学校現場では、対話の機会が少ないように思います。対話とは何か、なぜ重要か、伺えますでしょうか?

対話とは、「自己内省」と、評価・判断を保留にして「他者に共感する」ことです。

相手の意見に賛成・反対かは横に置き、相手にも大事にしている経験や見方、価値観があることを知る。知ることで、変化が起きる、学習が起きるのが対話です。

背景にあるお互いの知恵を知ることができて、自分にも何かの変化が起きるはずなんです。やっぱりこれが正しいんだと自分の考えに確信を持つ場合もあるかもしれないし、そういう考え方もあったのかと異なる視点に気づく場合もあると思います。

まずは、評価・判断を保留にして聞くことがとても大切です。「その考えはおかしいな〜」と思いながら聞くのは、対話ではありません。

ちなみに「他者に共感する」と言いましたが、共感は感情移入ではありません。意見、経験、感情、価値観が違うから、この人はこういうことを大事にしているんだな、こんな気持ちを持っているんだなと理解すればいい。

対話に慣れてくると、意見の違いではなく、経験の違いや、意見の背景にあるものの見方の違いに意識を向けられるようになります。


——お互いを尊重したコミュニケーションですね。

やはりお互いを知る、お互いの違いを知ることがとても大切ですよね。心理的安全性を伴う良好な関係性が土台にないと「学習する組織」はつくれない。

対話の先が「共創」です。共創するチームになるためには、対話が必要ということ。1人の先生ができることは限られていて、敎育改革が求められる今、学校もチームで進めていかないと難しいと思います。

先生同士や保護者、外部の方たちにもビジョンを共有して、「こっちへ向かいたいんです。でも今、私たちはこういった課題を抱えています。だから一緒に取り組んでください。理解してください」、そうやって一緒に手を取り、歩んでいくことが大切なのではないかと思います。

先生たちがスクラムを組んで、何のために・何に取り組んでいるかを説明し、皆が応援する社会。それが、「学習する学校」です。


——そのためには、学校のビジョンを教職員全員で考えたり、共有することが大切ですね。

未来に向かって動くとき、特に人と一緒に動くときには、どんな状況でもビジョンとミッションとバリューは必須です。これが5つの規律の一つである「共有ビジョン」にあたります。

ビジョンは一定期間で達成すべきゴール、期間限定の目標と捉えていただいても問題ありません。ミッションは何のために私たちが存在しているのか、という存在理由です。例えば、この学年はどんな学年なのかを皆で決めてもいいと思います。

最後のバリューは、ビジョンやミッションを全うするにあたり、どんなことを大事にしたいかという価値観や行動様式のことです。

ビジョン、ミッション、バリューの3つを決めることで目指す方向が明確になり、立ち返る場所にもなります。


大事なことは「現状」と「ありたい姿」のギャップを決めること

——対話から始めて、ビジョンを一緒に考えたり、共有していくことが最初の一歩になりそうですね。

ビジョンを共有して動き出したあとに大切なのが、リフレクションです。決めっぱなしではなくて、決めた以上守らないといけない。

しかし、そんなに簡単に守れることばかりではないので、リフレクションしながら調整していくことが必要です。リフレクションを通して、行動の軌跡を俯瞰し、学びを言語化し、現状とありたい姿のギャップを確認しながら、前進することが大切です。

ものごとがうまくいかないときには、「メンタルモデル」や「認知の4点セット」を活用して、自分のものの見方を振り返ることも大切です。

ありたい姿に近づいていくことが学習なので、リフレクションはどんな場面でも大切にしていただきたいです。


——「学習する学校」を実現する上で、リーダーの役割について熊平さんの考えを伺えますか?

組織は、良くも悪くもリーダーのあり方が投影されますよね。リーダーは、これからの学校のありたい姿に対して、誰よりも考えて行動している人です。

ありたい姿の実現に向けた環境づくり、組織づくりが一番の役割。だから、その組織をつくるために必要なことを理解することが欠かせません。

今組織がどういう状態になっていて、誰がどんな風に困っているかを観察する。その上で、常に、現状とありたい姿のギャップを見定めること。そして、ギャップを埋めていくために5つの規律を使いながら、組織を動かしていくこと。

ありたい姿に向かうために行動し、リフレクションを通して進化し続けることが「学習する組織」の条件なので、ぜひ行動に移してもらえたらと思います。


——そのためにも教職員全員が自己マスタリーやシステム思考など、5つの規律を習慣にできるといいですね。

「学習する組織」には、5つの規律を習慣にするためのツールがいくつかあり、それらを皆が使える状態にすると、学習する組織を実現しやすくなります。

そのツールというのが、「氷山モデル」や「推論のはしご」、「ループ図」と呼ばれるものです。

「認知の4点セット」も含めて、校内研修などで活用してみてください。そして、ぜひ子どもたちにもツールの使い方を教えてもらいたいです。

海外では、大人と同じレベルで子どもたちがツールを使いこなしています。オランダでは4歳の子どもと先生が、過去の3カ月を振り返るリフレクションを行っていました。EU諸国では、「学習する組織」は、社会や国の変革にも生かされています。

日本が、子どもも大人もありたい姿を語り、そこに向かってパワフルに生きる人たちであふれる「学習する国」になるまで、私は「学習する組織」の啓蒙に力を入れていきたいと思っています。

〈取材・文=三原 菜央/写真=ご本人提供〉


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