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『「探究」する学びをつくる』の著者・藤原さとさんに聞く、探究する学びづくりに必要なマインドセットとは?

『「探究」する学びをつくる』の著者・藤原さとさんに聞く、探究する学びづくりに必要なマインドセットとは?

「Inquiry for ALL〜すべての人に探究する人生を」という理念を掲げる一般社団法人こたえのない学校は、当時ワーキングマザーだった藤原さとさんが探究学習と出会い、これを広く一般に普及させたいと考えて2014年に設立されました。

学習指導要領が改訂され、小学校から高校まで広く探究する学びが求められるようになった今、本質的な探究活動をしていく上で大切なことは何なのか、早くから探究学習のプログラム作りに取り組み、2020年12月に『「探究」する学びをつくる』を上梓された藤原さんに聞きました。

写真:藤原 さと
藤原 さと
日本政策金融公庫にて中小企業・新規事業融資に従事後、米国留学中に国際労働機関(ILO)のマイクロファイナンス部門で少額融資のスキームを調査。帰国後、ソニー(株)本社経営企画管理・戦略部門で、海外企業とのさまざまなアライアンスプロジェクトに携わる。長女出産後ヘルスケアコンサルタントとして医療機関再生、ミャンマー保健省と協働した現地乳がん検診事業立ち上げのリード等を行う。2012年度都内区立保育園父母会長。2014年に「こたえのない学校」を設立。2014年から2017年までアメリカ在住。2018年経産省「未来の教室」事業で世界屈指のプロジェクト型学習を行う米ハイテックハイの教育プログラムを日本に導入。慶應義塾大学法学部政治学科卒・米国コーネル大学大学院公共政策学修士(M.P.A.)。著書に『「探究」する学びをつくる-社会とつながるプロジェクト型学習』(平凡社)、『ラクガキのススメ(共同執筆)』(あいり出版)


キャリアを変えた探究学習との出会い

——藤原さんの新著『「探究」する学びをつくるー社会とつながるプロジェクト型学習』は出版直後、早くも第2刷が決定したそうですね。先生の学校内でも、おすすめの本に挙げる声が多くあります。

手にとっていただけてうれしいです。

この本は、全教科プロジェクト型学習で学ぶアメリカはサンディエゴにあるチャータースクール、ハイテックハイを題材に、なぜ「探究」する学びが求められたのか、プロジェクトベースの学びとは何か、プロジェクト型学習が子どもの生きる力をどう伸ばすのかなどについて、同校でのカリキュラムの具体例なども紹介しながらまとめたものです。

日本の学校への応用やクラスマネジメント、評価の仕方、国内の探究学習実践事例などについても触れているので、先生方の実践に少しでもお役に立つものであればいいなと思っています。

藤原さとさんの新著


——藤原さんは教育を専門的に学んできたわけではなく、民間企業で働くワーキングマザーだったそうですが、教育に関心を持つようになったきっかけは何だったのでしょうか?

直接的なきっかけは、子どもが通っていた保育園の父母会長になったことでした。

それまでは、19時ギリギリにお迎えに駆け込むような、民間企業に勤める一般的なワーキングマザーで、平日はバタバタ。睡眠時間もギリギリの中なんとか育児をこなしている、という感じでした。仕事も忙しかったので、ジャンケンに負けて父母会長になったときは正直面倒なことになったな、と思ったほどです。

でもやってみたらこれが意外と楽しくて。私が園長や保護者の方たちとコミュニケーションをとるようになると、それまで保育園に馴染めていなかった娘も次第に友達と遊ぶようになったんです。

父母会長になったことをきっかけに、仕事が中心だった日々の中にもう少し子育てに向き合ってみようという視点が入り、地域での子どもの学びをどう支援していったらいいか、考え始めるようになりました。


——探究学習との出会い、そして「こたえのない学校」を設立するに至った経緯についても教えてください。

娘の小学校入学が近づくに連れていろいろな情報が耳に入るようになり、知識詰め込み型の一斉授業やテスト・評価のされ方など、「子どもが学ぶ環境としてこれでいいのだろうか?」と違和感を持つようになりました。


日頃仲良くしていたママ友も同じことを感じていたようで、「子どもたちは学校の中だけじゃなく、もっと外に出てもいいんじゃないか。お互いにおもしろいキャリアを持つ大人が周りにいるのだから、そういう大人たちと子どもをつなげてみたらいいんじゃないか」と意気投合し、いわば地域活動のような形で動き出しました。

ただ、大人と子どもを引き合わせるといっても、話をしてもらうだけでは子どもの好奇心に火はつきません。両者をつなげる何か良い手法はないかとリサーチする中で出会ったのが「探究」という言葉でした。

具体的には概念型探究(Concept Based Inquiry)という考え方だったのですが、それを知ったときは「これだ!」とものすごい衝撃を受けて、興奮しました(笑)。

ただ、この教育プログラムを受けたいと思っても、当時はインターナショナルスクールなど年間数百万円もの授業料がかかる学校にいくか、オルタナティブスクールにいくしかなく、選択肢がとても限られた状態でした。

もっと一般の人にも手が届く内容にして普及させたい、との思いから「こたえのない学校」を設立し、小学生向けに数時間単位のキャリア教育型の探究プログラムを作ったというのが始まりです。


——今もそのワークショップは続けているのですか?

現在は、小学生向けの探究プログラムは不定期にしかしていないのですが、2016年より学校の先生や民間教育者たち向けのプログラム「Learning Creator’s Lab」(以下LCL)をスタートさせました。

参加者でチームを作り、「探究する学び」を自ら作り出す8カ月間のプロジェクト型研修です。

2016年から取り組まれているLearning Creator’s Lab


子ども向けのワークショップもやりたいのですが、仮に年間30人の教員が探究的な学びを実施するようになると、クラスに30人いたとして、年間900人の子どもに届きます。もし10年続けたら1万人近く、先生は毎年同じクラスを受け持つわけでないので、実質数万の子どもたちにアプローチできます。

公教育の変革にもつながるため、現時点ではリソースのこともあり、教師教育を優先させています。同じ理由で、教育委員会や学校向けの研修・コンサルティングなども行っています。


社会的公正を目指すハイテックハイのPBL

——新学習指導要領にも頻出する「探究」について、著書ではそれが必要とされた社会背景やハイテックハイにおける事例が具体的に示されています。ハイテックハイのプロジェクト型学習について、藤原さんが特に感銘を受けたのはどんな点ですか?

実は、本のタイトルには「探究」を打ち出していますが、裏テーマはハイテックハイが掲げる「公正(Equity)」という視座なんです。

同校の創始者であるラリー・ローゼンストックは、ハイテックハイで何よりも大切にしてきたのは、“ハイテックハイは「公正」を実現するためのプロジェクトである”という思想だと言います。全ての取り組みの根本に公正性があることを大事にしているのだと。

どうしたら学校が、経済格差などさまざまな格差を乗り越え、誰もが、人種や性別や、性的な意識や、身体的、もしくは認知的能力にかかわらず、同じように価値ある人間だと感じることができる社会の装置になりうるのか。

その鍵を握るのが、協働型のプロジェクト型学習であり、「探究」という概念なのだとハイテックハイは考えているのです。

ハイテックハイの授業は全て学び手主体のプロジェクト型学習


ハイテックハイのプロジェクト型学習は、社会的公正を実現するためのものであって、プロジェクト型学習をすることが目的でも、単純に個人的能力を最大化するものでもありません。

あるべき社会の姿を目指して、生徒一人ひとりが、自分を価値ある人間だと感じ、自分のことを誇りに思うように育てていく。だからこそ力強く、パワフルな印象を受けるのだと思います。


——ハイテックハイの探究学習を日本の学校にも応用しようと考えた場合、どんなことを大事にしたらいいでしょうか?

ハイテックハイのやり方をそのまま輸入する必要はありません。

一方で、考え方のアプローチとして、「どれだけ優れた探究学習をやるか、それによってどれだけ優れた生徒を輩出するか」ではなく、「どれだけ良い世界を作っていくか」の手段としての探究学習だと位置付けて、プログラムを設計する、そのやり方については、学校や実践者コミュニティなどで話し合ってもらえるとうれしいです。

探究学習を設計していく上では先生のマインドセットが探究的であることも必要です。

LCLをスタートして感じたことは、「正しい探究学習の形があって、それを再現するのがカッコいい先生だ」とか「○○先生みたいになりたい」と思っている方が多いということ。

そうではなくて、主軸になるのはあなた、つまり先生ご自身です。自分がどういう人間で、どんな授業がしたくて、何のために先生になったのか。子どもたちに何を伝えたいのか。

先生一人ひとりがそうした問いを深めていくことによって「自分自身」になり、子どもたちの素敵なロールモデルになります。うまくいかなくてもいいので自分が探究している姿を見せ、学習を形にしていくことが重要です。


——探究学習に決まった型があるわけではなく、先生によって探究学習の形も多様でいいということですか?

その通りです。子どもたちが多様であるように、先生たちだって多様であっていいと思います。

「素敵なカリキュラムを実現するカッコいい先生」になることより、カッコ悪くてもいいから、「前進していく先生」の姿を子どもたちに見せることの方がよっぽど大切です。何が正解か分からないけれど、転んだりつまづいたりしながら進んでいく方がカッコいい。

時には子どもたちの力を借りればいい。探究学習で私たちは育っていないのだから、もしそういう授業をするとなると初めてのチャレンジだし、失敗することも避けられません。

そういうマインドセットに先生ご自身が変わっていかなければ、硬直的な日本の教育スタイルからはなかなか脱却できないように思います。


——ハイテックハイでは、先生のマインドセットを変えるために何か特別なことをしているのでしょうか?

ハイテックハイでは、ベースとなる組織体制やマネジメントがしっかりしているし、採用される先生たちのマインドがもともと高いというのはあります。先生たちに裁量を持たせて、先生たち自身がやりたいと思う授業を実践できる環境もあります。

でも、そういう環境がないから日本ではできない、と思うのももったいないです。


日本の先生たちは、勤勉さやそもそもの優秀さがあるし、当然子どもたちが大好きです。そこに自由さと柔軟さ、失敗しても「やっちゃったね」と軽く笑い飛ばすゆるさがあると飛躍すると思います。

最近は、保護者も含めて先生たちを取り巻く環境に寛容さが欠けているといった話をよく耳にします。先生ご自身が自分のことを大切にできないと、子どもたちのことも大切にできませんよね。

そこは子どもを取り巻く周囲の大人たちが、環境を含めて考えないといけないことだと思っています。


人は誰もが皆、探究している

——探究学習を実践する上で他に大切にするといいことはありますか?

今の探究学習と呼ばれるものは、時間が十分にかけられていないことが気がかりです。

探究サイクルのファーストステップである、子どもたち自身が興味関心・好奇心を育み、課題を設定し、調べてみようと自ら思えるようになるまでには、ある程度の時間が必要です。

その時間を十分に取らずに、まだテーマが定まらない状態の子どもたちにいろいろなテーマを差し出しても、付け焼き刃的になってしまい本質的な探究学習の機会が奪われてしまいます。

なかなか難しいことかもしれませんが、探究学習の特にファーストステップには、できる限り時間をかけてほしいですね。


——最後に、自分なりの探究学習を形にしようと挑戦されている先生方にメッセージをお願いします。

探究ってよく分からないし難しそうだと感じる先生方もいらっしゃるかもしれませんが、実は人生において誰もがやってきていることです。

まずは「自分の根っこを知ること」、そして「あなたはあなた自身でいい」のだと、自分を認めることも含め、マインドセットするところから始めてみてください。

探究学習をするための手法や技術はいろいろあれど、それらに踊らされず、先生たちが自分らしいやり方で応用していけばいいと思います。

技術であったり情熱であったり、皆さんそれぞれに必ず何かを持っているはず。「自分の根っこ」をうまく捉えて、下手でもいいからまずは自分なりの探究学習プログラムを作ってみる。そうした経験を1つ積むだけで、先生自身が大きく変わっていく姿をこれまでたくさん見てきました。

自分の理想の先生はみな「その人」らしく、個性的ではなかったでしょうか?まずは、自分が自分らしくいることを意識するところから始めてみてください。

その上で先生方も自ら探究する機会を作り、探究する学びの楽しさを子どもたちと一緒に体感していただけるとうれしいです。



〈取材・文=栗崎 恵実〉