「故郷を何とかしなくては」と、石垣島でICT教育の普及に挑む、高校の先生の取り組みとは?
美しい自然とリゾート施設が整備された石垣島は、観光客でにぎわう沖縄県の中でも屈指のリゾート地。
リゾート地ながら人口わずか約5万人の小さな島で、IT技術の普及に取り組むのが沖縄県立八重山商工高等学校の松島進先生だ。
有志で始めたプログラミング教室「TECH for ISHIGAKI」に加え、八重山商工高等学校の生徒が石垣島の小学生を対象にプログラミングをレクチャーする部活動「Steam.Lab(スティームラボ)」を立ち上げ、IT技術の有用性、重要性を地域に伝えようと奮闘されている。
現在は、石垣市から委託を受けるほど認知と評価が高まっているが、その道のりは決して平坦ではなかったと言う。
なぜ石垣島でIT技術の普及やICT教育に取り組もうと思ったのか、またこれまでの活動内容について、Steam.Labで活躍中の高校3年生・塩崎 拓さんも交えて、お話を聞いた。
沖縄県立八重山高等学校卒業、2015年沖縄県立八重山商工高等学校情報技術科に転勤し、2017年 TECH for ISHIGAKIを有志と立ち上げ、所属校の部活ではSteam.Labを立ち上げ石垣島のテクノロジー普及活動をスタートさせる。総務省や石垣市とのコラボ企画を高校生と一緒に進めている。2018年の活動は石垣島を飛び出し八重山諸島の離島へ。年末には台北研修旅行などもスタート。2019年はそれぞれの活動を進めながら、部活で日本初eスポーツ国体へ沖縄県代表として生徒を参加させる。2020年コロナ禍の中、ICTを活用した遠隔活動などを模索している。
「故郷を何とかしなくては」と焦った3年前
――石垣島でいち早くICT教育に取り組まれたのは、どのようなきっかけがあったのでしょうか?
もともと僕は石垣島出身で、大学進学を機に沖縄本島に移り住んだのですが、大学の専攻が情報技術だったので、ITに関する基礎的なことはそこで学びました。
沖縄県は米軍基地がある関係で、国から助成金がおりるんですね。例えば、宜野座村(ぎのざそん)にIT特区を作ったり、IT系の企業を集積する、沖縄IT津梁(しんりょう)パークというものがあったり、みるみるITが伸びていく様子を見ていたんです。
その後、教員として石垣島に戻ったとき、僕たちが高校生のときにはなかったようなデパートやお店ができていたり、島の空港も大きくなっていたのですが、ITやテクノロジーに関しては、時が止まっているかのようにアップデートされていないと感じました。
同僚の先生方に、世の中のITの進歩やスピード感、テクノロジーについて話をしても危機感を共有できず、「このままではいけない」と思ったのがきっかけです。
――危機感を持てない理由はどういったところにあるのでしょうか?
インターネットの恩恵を受けずにここまで育ってこれた、というのが一番大きな理由だと思います。だから自分ごと化しづらく、危機感を持てない。
それもあながち間違ってはいないんです。だけど、「今の子どもたちが生きる未来」では、そうも言っていられない。
昨年、教育関係者の皆さんが集まるとある会で、「プログラミング教育」をテーマに登壇する機会をいただきました。
なぜ2020年度から小学校でプログラミング教育の全面実施が始まるのかなどお話させてもらったのですが、「分かりやすかったよ」なんて感想をいただいて安堵していたら、懇親会の乾杯の発声の際、偉い方が「とはいえ、人工知能よりも人間力の方が大事。AIよりも人間力だー!カンパーイ」と言われてしまって(笑)。
伝えたかった趣旨をうまく伝えられず、苦笑いしました。
――なかなか周囲から理解を得られない中で、それでもICT教育の普及に挑戦し続けられたのはなぜですか?
「未来を生きる子どもたちにとって、テクノロジーは欠かせないものになる」という確信があったからです。
コツコツ続けていれば、いつかみんなが必要性に気づいて追い風が吹く、という気持ちでしたね。
もちろん一人ではできないので、有志で始めた石垣島のプログラミング教室「TECH for ISHIGAKI」を運営する仲間や、助けてくれる人たちがいて成り立っています。
あと、僕は石垣島出身なので、学生時代の同級生や先輩・後輩など、島で活躍している仲間がたくさんいます。彼らは行政や商工会議所に勤務していたり、起業家もいます。彼らと連携できるのも力になってますね。
メンターは高校生!移動プログラミング教室「Steam.Lab」
――未来の子どもたちが生きる世界では、「テクノロジーは必要不可欠だ」という視点に立たれた上で、最初に学校内で取り組まれたことは何でしたか?
2017年当時、「日本では僕たちが初」と自負しているのですが、イギリスで開発されたプログラミング教材「マイクロビット(当時:chibi:bit)」に着目し、創造的な学びの場を提供するNPO法人CANVASの方をお招きして、うちの工業系の先生たちと試してました。
これが最初の取り組みでしたね。
そこから、生徒や地域を巻き込んだ取り組みをしていきたいと思い、同年に「Steam.Lab」を同好会として立ち上げ、2018年に部活動化しました。
当初の部員は20名強で、「島の情報弱者をなくしたい。まずはテクノロジーに興味を持ってくれる人たちを増やしたい」という気持ちで始めました。
――Steam.Labの活動内容や、活動頻度などを教えてください。
部員である生徒たちがメンターになり、主に小学生を対象に「無料のプログラミング教室」を開催しています。
ツールは主に「マイクロビット」「ビスケット」「スクラッチ」を使用しています。
ビスケットはアート性が強く、マイクロビットはプログラムするだけではなく工作と組み合わせることができるし、スクラッチはドローンを飛ばすことができるので、参加してくれた子どもたちの様子を見て、毎回変えています。
活動頻度は、多いときは月に1回開催しており、石垣市とのコラボ教室も年に3回ほど依頼を受けて開催しています。
さらに、TECH for ISHIGAKIと総務省の企画の中で、実働部隊として沖縄本島まで行くこともあります。全て合わせると、年間約20回ほど活動しているでしょうか。
――すごいですね。プログラミング教室には、毎回どれくらいの方が参加されるのでしょうか?
パソコン室のパソコン台数が25台なので、最大25名です。
活動する上で「参加してくれた子どもたちを誰ひとりとして置いてけぼりにしない」というコンセプトがあるんです。だから、子ども一人に高校生一人を担当としてつけます。
そのため、参加できる部員の数に応じて応募枠も変動するんです。
参加者は小学校1年生から受け入れていて、親御さんも一緒に来て見学されることもあります。
――Steam Labを立ち上げて2年ほど経ちますが、手応えはいかがですか?
リピーターの参加者がいらっしゃったり、手応えは感じています。
例えば、以前は僕たちから石垣市に打診していた企画が、今年度は石垣市の方からお声がかかったんです!コロナで中止になってしまいましたが、これはうれしかったです。
もう一つ、最初にこの活動を始めた際に、本校の「情報技術科」の存在と、その有益性も伝えていきたいと考えていました。
もっと多くの方に知ってほしいという思いでSteam.Labの活動をしていたら、今年はなんと情報技術科の定員がいっぱいになりました。
少しずつ影響の輪が広がっているように思います。
「可能性を広げる」という意味で、プログラミングを学ぶ意義がある
――今回はなんと、Steam.Labのエース部員、塩崎 拓さんにも来ていただいています!さっそくですが、なかなかITの普及が進んでいなかった石垣島で、プログラミングに興味を持ったきっかけを教えてください。
プログラミングに興味を持ったのは、中学3年生の頃です。
一時期将棋にハマっていたんですが、「ハメ手(将棋で相手を油断させる罠のような差し手)」ばかりを指す将棋のAIがあったらいいなぁって思って(笑)。それがきっかけでプログラミングに興味を持ちました。
そしてSteam.Labに入部し、子どもたちにプログラミングを教えています。
ただ僕は、実用的なプログラミングを教えること自体より、プログラミングを学ぶと、「おもしろい活動ができる職業選択につながる」と小学生の子たちに教えたい。
「可能性を広げる」という意味で、プログラミングを学ぶ意義があると思うので、そういったことを子どもたちに伝えています。
――Steam.Labの活動で印象に残っていることは何ですか?
去年「eスポーツ(コンピュータゲームの競技)」の大会に出て、国体の沖縄代表になれたことです。
でも、あまり周りから興味を持ってもらえなかったというか、応援してもらえなかったと感じましたね。
松島先生が直面してきた困難を僕も感じました。
――今後の塩崎さんの展望を教えてください。
「子どもたちに学問に興味を持ってもらえるような電子ゲームを作りたい」という野望があります。
僕の周りに「勉強が楽しくない」って言ってる子たちがいるんです。彼らは引きこもりだったり、学習困難だったり…。
彼らを見て思うのは、学ぶ力がないのではなく、学ぶ意義が分からないだけだなって。
例えば、移民問題が取り上げられたとして、みんながみんな、興味を持たないですよね?それはなんでだろうって考えたんです。
きっと「自分と世界が結びついていない」からじゃないかなって。
なぜ結びついていないかというと、今の日本の教育は学問がテストの点を取るためだけの記号になってしまっているから。
だから、僕なりの新しい視点で、学問にアプローチしたいんです。専門学校だと、娯楽目的のゲームは作るけど、学習目的のゲームは作ることができないので、大学に進学したいと思っています。
子どもたちに、僕が作ったゲームを通してそれぞれが好きな分野に進めるきっかけを作れたらな、と思ってます。
――素晴らしいですね。最後に、未来のテクノロジーの可能性をどう見ていますか?
僕は結構「フェア(平等)」であることが好きなんですね。
インターネットの登場で情報がどんどん広まって、平等社会になっていると感じます。
例えば、ベーシックインカムという制度も、資本主義、社会主義という「主義」を超えた一種のテクノロジーだなって。
だから、テクノロジーが進む未来は、もっとフェアな平等社会になるんじゃないかと予想しています。
ICTが苦手な先生は、得意な先生に頼ればいい
――改めて松島先生に伺います。コロナで急速にGIGAスクール構想も進展しました。しかし、ICTに対して苦手意識をお持ちの先生方もいらっしゃると思います。どうすれば、基本的なICT活用を進められるでしょうか?
ICTに苦手意識があって「今までアナログでやってきたから」と一歩踏み出せない方は、私たちみたいな情報系の先生をもっともっと頼ってほしいです。
連携して一緒にやって行きたいんです。
コロナになって一気にオンライン化が進んでいるじゃないですか。
勉強の仕方も、私たち教員を取り巻く働き方も一変してきているので、今こそICTの有用性を伝えていきたいですね。
石垣島に、ミドリムシを活用し食品や化粧品の販売、バイオ燃料の研究を行っている株式会社ユーグレナの工場があるんですね。
出雲社長は、コロナになってから全社員に在宅勤務を宣言して、「ユーグレナはコロナ以前の働き方には戻りません」と宣言した。
すごい思い切ったなぁ、と感動したんです。でも、テクノロジーやICTを使って仕事するということは、そういういうことなんだなと思いました。それは学校でも参考にできることがたくさんあると思っています。
――コロナをきっかけに、大きなパラダイムシフトが起きてますよね。最後に、今後の松島先生の展望を聞かせてください。
もっともっとみんなにテクノロジーに興味を持ってもらいたい。
石垣の子どもたちが学校で勉強して、郷土芸能とかアイデンティティに関わることも学んで、クラブ活動をして、おうちに帰ってご飯を食べて…そういった日々の過ごし方の中に、1日15分でもいいから、テクノロジーの勉強をするような島になってもらいたいなぁと思います。
みんながテクノロジーに対して共通言語を持てる未来を目指して、これからも石垣島から発信していきたいと思います。
この記事に関連するイベント動画を観る
先生の学校に参加すると、
過去イベントの動画が見放題!