Vol.9「自分は自分」でいい。フィンランドで学んだ教育と生き方へのヒント
「世界の大学 学びの車窓から」は、世界中の大学で学ぶ学習者の寄稿を通して、世界の大学で実践されている学びを紐解く連載です。
「自分の意志で選べる環境を日本にも広げたい」
その思いから日本の大学を休学し、2024年8月末から1年間、フィンランド・オウル大学教育学部に留学した石川七美さん。
幸福度世界1位(2025年時点)と称される国は本当に理想なのか。現地で学び暮らして見えた等身大の気づきを記していただきました。
これまでに、塾講師や学習メンターとして中高生への学習支援・キャリア支援を行うほか、栃木県立那須高等学校の「国際理解教育講演会」にて講演を経験。留学を通じて特にメディアリテラシー教育に関心を深め、現在も探究を続けている。
PISAの結果を気にしない、フィンランドの先生たち
フィンランドと日本の教育を比較する際によく取り上げられるのが、学力調査「PISA」の結果です。2000年代初頭、「宿題がない国」として知られるフィンランドがPISAで1位を獲得し、世界的にその教育に注目が集まりました。
しかし、ピークを迎えた後、フィンランドのPISAスコアは下降傾向にあります。一方、日本は1位ではないものの常に上位を維持しており、2022年の調査では、科学的リテラシーが2位、読解力が3位、数学的リテラシーが5位という結果でした。
では、なぜフィンランドはPISAの成績が低下したのでしょうか?

留学先の大学の授業でもこのテーマが扱われたことがあります。正直なところ、授業ではPISAスコア低迷の理由について深くは語られませんでしたが、印象的だったことが2つあります。
1つ目は「移民問題」です。2000年以降、フィンランドは多くの移民を受け入れるようになりましたが、十分な支援体制が整っておらず、福祉や教育の格差が社会問題となっています。実際に、移民の子どもたちはフィンランド語を習得し、テストを受けなければなりません。そのため、「言語の壁」による教育格差が、PISAスコアの低下の一因になっていると学びました。
また、他の授業では移民に関する課題や実態について学ぶ機会があり、実際に難民支援のボランティアにも参加しました。日本にいるときはあまり考えたことのなかったテーマでしたが、少子高齢化が進む日本にとっても、将来的に避けては通れない問題かもしれないと感じ、自分の視野が大きく広がるきっかけとなりました。
2つ目は「国と現場の温度差」です。授業中、先生はPISAに関する解説の中で何度も「autonomy=自律性」の重要性を強調し、「PISAのスコアを気にしている教員はほとんどいない」と語っていたのが印象的でした。一方で、国家レベルではPISAを重要視しているという話もあり、現場の教育観と政策レベルの温度差を感じました。
やはり、教員に大きな裁量が与えられている点は、フィンランド教育の特徴のひとつです。この点については、「教員の働き方」にも関わってくるため、次にご紹介します。
先生が人生を楽しめば、学校はもっと楽しい場所に
フィンランドでは、先生方は生徒と同じタイミングで帰宅するため、午後3時になると学校はすっかりガラガラの状態に。学校に残ることはほとんどなく、多くの先生方は自宅で作業を行います。夏休みも生徒とほぼ同じ日数があり、しっかり1ヶ月間の休暇をとることができます。
「休むときは休む。働くときは働く」。オンオフの切り替えがはっきりしているのは、フィンランドらしさを象徴する点の一つだと感じました。
学校の空間で特に印象的だったのが、『職員室』の様子でした。日本の職員室といえば、机と椅子が整然と並び、学年や教科ごとに先生方が黙々と作業しているイメージが強いかもしれません。しかし、フィンランドの職員室には”お茶の間”のような空間があり、机と椅子がずらりと並んでいる光景はあまり見られません。代わりに、先生同士が気軽に集まって会話できるような空間が設けられています。

フィンランドの文化である「コーヒーブレイク」も学校文化にしっかりと根づいています。休憩時間になると先生たちはコーヒーを飲みながらおしゃべりを楽しみ、笑顔があふれるひとときが流れています。
ある学校を訪れた際には、ちょうど一人の先生が還暦を迎える日で、職員室には豪華なケーキが用意され、先生方が皆でお祝いの歌を歌っていました。まるで家庭のような温かさがありました。

こうした学校生活の一コマからも、フィンランドの先生たちには「心の余裕」があると強く感じます。ある先生は「学校現場で何より大切なのは、まず先生自身が自分と向き合い、自分の人生を楽しむことだ」と語ってくれました。実際に、生徒に「学校の好きなところはどこ?」と聞くと、「先生が楽しそうだから」と答えてくれたのがとても印象的でした。
確かに先生の雰囲気や態度は、そのままクラスや学校全体の空気感に反映されるものです。生徒が明るく楽しく学校に通えるかどうかは、先生自身のあり方が大きく関わっているということを、フィンランドの現場を通して実感することができました。
自分と他者と、対話する文化
(1)「自分と向き合う」時間を生む環境
フィンランドでの冬の生活は、私に「自分と向き合う時間」を自然と与えてくれました。-25℃前後の極寒と、太陽がほとんど昇らない日々の中で、外出の頻度はぐっと減り、室内で過ごす時間が増えました。
東京で暮らしていた頃は、外出が日常で、カラオケや映画館、カフェなどの娯楽をお金を払って楽しむことが「リフレッシュ」でした。しかし、フィンランドでの暮らしはそれとは真逆。自宅での時間をどう楽しむか、自分なりに工夫するようになりました。
そんな中で夢中になったのが、編み物やパン作りです。近所のスーパーには毛糸が当たり前のように並び、電車内で編み物をしているおばあちゃんの姿をよく見かけました。生活に自然と溶け込んでいるこの文化に触れながら、「自分で自分を楽しませる」力を身につけられたのは大きな収穫でした。
さらに、冬休みにはフィンランド人の家庭にクリスマスに招待され、現地ならではの過ごし方を体験することもできました。田舎にあるご家庭で、朝から家族とパズルをしたり、テレビを見てまったり過ごしたり、料理やプレゼント交換をしたりと、デジタルに頼らないアナログな楽しみがあふれていました。静かで穏やか、そして心から幸せを感じるひとときでした。

(2)メディアとの向き合い方と「自分の意志」
もうひとつ感じたのは、メディアやニュースとの向き合い方の違いです。私は「自分の意志を持った選択」ができるようになるには、まずメディアとの関わり方を見直すことが大切だと考えています。キャリア選択がメディアの影響だけで決まるとは思いませんが、日常的な選択や価値観の形成において、メディアの影響は無視できない要素です。
2023年の「メディアリテラシー指数」では、47カ国中、フィンランドが1位、日本は22位でした。これは「世界一だまされにくい国」と言っても過言ではないかもしれません。フィンランドでは、小学生のうちから批判的思考を養うようなメディア教育が行われ、メディアの在り方を多角的に考える授業があると聞きました。
実際に中高生に話を聞いたところ、「情報は複数のニュースを比較して判断している」や「他人と比べない。自分は自分、他人は他人だから」といった声が印象に残りました。さらに、とある高校生は、「家族や友人と、支持する政党が違っても政治について日常的に話す」と語ってくれました。政治を「対立」ではなく「対話」の対象とする姿勢は、日本ではまだあまり見られないかもしれません。
このように、生活環境やメディアとの向き合い方の面からも、フィンランドには「自分は自分、他人は他人」という価値観=“個”の文化が根づいていると、強く実感しました。
自分の意志を尊重し、他人と比較し過ぎない
森と湖に囲まれた静かな生活は、東京での暮らしとは真逆で、最初の1カ月は刺激の少なさに戸惑いもありました。けれども、1年間のフィンランド生活は、教育面だけでなく、日々の暮らしの中でも多くの学びを与えてくれました。そして同時に、日本にいたときには気づけなかった「幸せ」のあり方にも目を向けることができました。

教育を探究する上で、「比較する」という行為の重みと慎重さの大切さを改めて実感しました。なぜなら、フィンランドに来て、日本とは全く異なる環境や前提条件があることを、肌で感じたからです。人口規模、社会保障、福祉、教育制度など、学べば学ぶほど、単純に日本と比較することができないと感じる要素が多くありました。
むしろ「比較する」という視点そのものに、まず疑問を持つことの重要性に気づかされました。一方で、国の制度や体制を一気に変えることは難しいからこそ、個人レベルで応用できる部分に目を向けることが大切だとも思います。
例えば、フィンランドで体験した「自分の意志を尊重し、他人と比較し過ぎない『自分らしさ』を追求する」ことは、環境が違っても日本でも少しずつ意識して実践していける価値観だと感じました。
これからも、フィンランドで見つけた小さな幸せや気づきを日本に発信しながら、自分自身の選択に自信を持ち、一歩ずつ歩んでいける人が増えるような活動を模索していきたいと思っています。
〈文・写真:ご本人提供〉