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偏差値基準の志望校選びではなく「その子が3年間幸せな高校生活を送れる選択肢か?」を大切にする小さな個人塾

偏差値基準の志望校選びではなく「その子が3年間幸せな高校生活を送れる選択肢か?」を大切にする小さな個人塾

岡山県南部のデニムの聖地、児島。瀬戸内海に面した人口7万人の小さな港町に、おかんが一人で運営する小さな個人塾「照子舎(てらこや)」がある。

小学校高学年から中学3年生までの子どもたちが通う、入塾希望者が絶えない学習塾だ。

塾のクラスがない日に顔を出す子どもや、家より先生の近くで勉強したい、と塾の自習室に通う子ども。社会人になった元塾生も頻繁に訪れるアットホームな場になっている。

面接の練習、小論文添削、各種検定の支援など、高校受験を全方向からサポートするものの、塾のポリシーとして「偏差値基準の志望校選び」には反対している。

子どもが自主的に学び、自分らしくいられる場の作り方、保護者との信頼関係の築き方について、照子舎代表の重本美紀さんに話を聞いた。

写真:重本 美紀(しげもとみき)さん
重本 美紀(しげもとみき)さん
照子舎(てらこや)代表

1975年岡山県倉敷市生まれ。1997年岡山大学文学部卒業。中・高の社会科の教員免許取得。タイ留学、塾講師を経て、結婚・出産後、3児の子育てをしながら、30歳で学習塾「照子舎」をスタート。保護者、生徒から絶大な信頼を得る地元の人気塾の講師兼、経営者。


一見分かり辛いけど、世の中には助けが必要な子たちがたくさんいる

——教育業界の仕事に携わろうと思ったきっかけは何ですか?

最初のきっかけは、大学時代に家庭教師のアルバイトをしたことです。「教えるっておもしろいなぁ」と手応えを感じました。

並行してパチンコ屋さんでもアルバイトをしたのですが、同僚の中で、親に虐待を受けて児童養護施設で育った子や、中学卒業と同時に家出をして働いている子がいました。

一見分かり辛いけど、世の中には助けが必要な子たちがたくさんいるんだと知り、「教育に関わる仕事」に興味を持ちました。



――そこから大学を卒業して教員になられたのですか?

いいえ、実は教員採用試験に落ちてしまったんですよ。

初年度は採用試験の申し込み日を間違えて、試験さえ受けられず1年を棒に振りました(笑)。自分でも呆れましたが、翌年は受験に落ちてしまった。

教員になることは諦めても、教育には携わりたくて、大手の個別指導塾で働き始め、結婚後3人目の出産を機に退職するまで7年間勤めました。

塾を退職後、教え子の保護者2名の方から、「赤ちゃんを抱っこしながらでもいいので、うちの子を引き続き見てやってくれませんか?」というお電話をいただき、ありがたくお話を受けました。

末っ子の保育園が決まったタイミングで「本格的に塾を始めよう」と覚悟を決め、今の物件を見つけて塾を構えました。それが2005年頃ですから、もう15年以上前になりますね。


――「塾の存在意義」を考えると、学力を上げることに集中しがちですが、重本先生の塾ではそこに重きを置いていないですよね?

そうですね。「将来なりたい未来につながる高校か?」「子どもの性格と志望校の校風が合っているか?」に重点を置いています。それがマッチするなら、正直どこに進学しても良いと思います。

勿論お金をいただいているので、成績を上げる責任はありますが、偏差値の高さを理由に志望校を勧めることはないですね。


子ども本人の希望ではないのに、実力以上の高校を無理やり受験させようとしたり、子どもの資質とミスマッチな校風の学校に行かせたがる保護者の方は一定数います。だから、毎年懇談の際、そのような保護者の方とはどうしても揉めます(笑)。

もし合格しても授業について行けず、最悪の場合、退学をした子たちを今まで見てきましたから。

進学の相談を受ける際は、「その子が3年間幸せな学生生活を送れる選択肢か?」という点以上に大事なことはありません。


自制心が効かない年齢のうちは、デジタルデバイスに利用制限をかけた方がいい

――「照子舎」は5教科ではなく、英語と数学を教える塾だと伺いました。

そうですね、うちは英語と数学を教える塾ですが、英語の授業中に数学や理科、社会の質問をしてくる子がいたとしても、答えるようにしています。その子が疑問に思ったときに教えると一番吸収できると思うからです。

私自身も5教科を教えられるよう常に勉強をしています。

また、学年横断で授業をすることもあります。上の学年の子が下級生の疑問点に答えてあげたり、上級生の数学の板書を見て、「あれは何の公式ですか?」と興味を持つ子がいたり。

自習室で違う学校の子同士が勉強を教え合って仲良くなることもあります。家庭や学校以外の居場所があるのは、子どもにとって支えや安らぎになるのではないでしょうか。


――教科・学年横断のイレギュラークラスの相乗効果はすごいですね。

欲を言えば、生徒の性格に合わせてクラスを組めたら理想なんですけどね。手が足りなくてできない。静かに勉強したい子と、喋って発散しながら学びたい子がいます。

特に静かな環境を望む子たちの背景として、このあたりの地域の公立の小・中学校の学級崩壊の問題があります。

授業中にクラスの半数が好き勝手にお喋りしたり教室を歩き回るといった状況もあるようで、「学校では勉強できない」と訴える塾生が少なからずいます。

特に内申書がない小学校は抑止力がなく、歯止めが利かない。そのような状況なので、塾くらいは静かな環境を望む子が多いんです。都会の学校では考えられないかもしれないですね。


――時代や地域を問わず荒れている学校はあると思いますが、今なぜ重本さんの地域の学校は、学級崩壊が起きていると思われますか?

さまざまな理由があるとは思いますが、一つに、「無制限にスマートフォンを使える環境下にいる子が多いこと」があると思います。

子どもが自室にスマートフォンを持ち込んだ場合、自制できると思いますか?

連日、朝まで対戦ゲームをして睡眠不足に陥ったり、検索のフィルターをかけていないと、暴力的なサイトや無差別に大量の情報を摂取して、社会に不信感を抱く子もいます。



また、保護者の方がスマートフォンを長時間使う家庭も危険信号です。

親と話したくても話せなかったり、自分を見てくれる大人がいないと、子どもは不安を抱えます。満たされない欲求不満が学校で出てしまうのだと思いますね。

あるとき、成績がどんどん落ちる子がいて、保護者の方がスマートフォンの利用を一カ月禁止したところ、みるみる成績が上がりました。

十分な睡眠時間の確保で集中力と記憶力が上がり、情報のオーバーフローが解消され、精神的に落ち着きが出ました。こんな短期間で効果があるのかと本当に驚きました。

勿論、ICTの活用はこれからの学びに必要ですが、デジタルデバイスは中毒性がありますから、自制心が効かない年齢のうちは、大人が何らかの利用制限をかける必要があると強く思います。


心理的安全の場は、「自己開示をするきっかけ作り」と「大人が見守っている安心感」で醸成される

――子どもたちが安心して自分らしくいられる「場づくりの秘訣」はありますか?

「自己開示をするきっかけ作り」と、「大人が見守っている安心感を子どもが感じるか」の2点ですかね。

例えば、子どもに「目標」を書いてもらって、塾の教室や廊下の壁に貼るんですね。「20点以下を取ったら丸坊主!」と書いている子がいたら、周りの子どもたちは、「あの子はそんなことを考えているんだ。おもしろいな」なんて思いますよね。

自己開示をしてお互いを知ることで、心理的安全の場を醸成できます。


他には、子どもたちが好きなことを書き込める「交換ノート」を置いている学年もあります。ひと昔前のスナックとか、海外のゲストハウスみたいなね(笑)。

以前、暴力的なコメントを数メージにわたって殴り書きしている子がいたんです。どうなることかと思っていたら、他の子が穏やかな「詩」でレスポンスしていました。

二人のやりとりが、これまた笑えるほど嚙み合っていない!

でも、「怒りの受け止め方や、それに対しての反応は人それぞれ」ということを読んだ子は感じ取ると思います。「自分にない視点を得る機会」は必要なんじゃないですかね。


――重本先生はそんな風な視点で子どもたちを見守っていらっしゃるんですね。

塾以外でも見てますよ。生徒たちの違った側面を見たくて、体育祭や文化祭に見学に行くこともあります。そのときの様子を、次に会ったときに必ず褒めるようにしています。「すごいね。頑張ってたね!」と。

子どもたちは「先生~!来てくれたの~!」とすっごく喜びます。見てもらっていることで愛情を感じるのでしょうね。

例え保護者の方がたっぷり愛情を注いでいたとしても、子どもによって満たされる愛情の量が違っていて、家庭だけじゃ足りない子もいますからね。そんな子には、私みたいなオカンがそばにいたらいいんじゃないですか(笑)。


――保護者の方との信頼関係を築く上で大切にされていることはありますか?

特別なことはないですよ。子どもをちゃんと見て、保護者の方にそれを伝えて、懇談の場では全力で耳を傾けることでしょうか。

子どもたちの様子や発言で、ほっこりするエピソードを必ず一つ懇談の場に持ちこむとか。そうしたら、「うちの子をちゃんと見てくれているな。この先生に相談してみようかな」と信頼を寄せてくださるはずです。

何か問題が生じたら、「一緒に解決して行きましょう」という二人三脚のスタンス。決して「家庭の問題では?」という方向では話しません。

嫁姑問題やご主人の相談をされることもあります(笑)。私も母親だから話しやすいのかなぁ。何もして差し上げられないことの方が多いから、お母さんの手を握って話して一緒に泣いてしまうこともあります。


――子どもたちのありのままを受け入れることを大切にされているのかなと思うのですが、接する際に、配慮していることはありますか?

否定的な発言はしないことと、疎外感を感じさせないことです。
テストで20点取ったという子がいたら、内心「えぇ?頼むよ…」と思いますが、「前より8点も上がったね!伸びてるね!」と褒めます。

あと、授業中に問題行動をする子がいたとしますよね。私の発言一つで、「あの子はやっぱりダメなんだ」と周りがレッテルを貼りかねないので、言葉がけには気をつけています。

二人のときにしっかり注意はしますが、基本的に「クラスの他の子が嫌がっていないか」を本人に考えさせて、クラス内でコンセンサスさえ取れれば、イスに座るのが苦手な子であれば、バランスボールに座ってOK、寝転んで授業を受けてもOKとしています。



「人が嫌がることをしていない?自分がされたらどうなの?」とは考えさせますが、「社会に出たらダメなことだからダメ」という注意はしません。

将来的に、他者の多様な価値観を受け入れて、自分で自分を幸せにできる人になってほしいなぁと思います。

〈取材・文=中庭 廣子/撮影=中庭 廣子〉