DEIのはじめの一歩は、“学校の当たり前”をちょっと見直すこと。子どもと先生の「やってみたい」に耳を傾ける、筒井小学校の「学びチャレンジデー」
DEI(Diversity, Equity, Inclusion)は、近年、教育現場でも注目されている概念で、多様性・公平性・包摂性を重視し、誰もが尊重され、安心して参加できる環境を目指す考え方だ。
「学校でDEIを実現する」と聞くと、制度改革や特別な取り組みが必要だと思うかもしれない。けれど、出発点はもっと身近なところにある。例えば、子どもや先生の「やってみたい」という声に耳を傾けること。ふとした違和感に目を向けること。「違い」をそのまま受けとめるまなざしを持つこと。そんな一歩からでも、DEIは始められる。
青森市立筒井小学校では、“学校の当たり前”を一つひとつ問い直しながら、「みんなが幸せな学校づくり」に挑戦している。月に一度、子どもも先生も自分の「やりたい」に挑戦する「学びチャレンジデー」も、その実践のひとつ。
今回は、この取り組みの背景にあるまなざしについて、同校校長の柴田美穂子さんに話を聞いた。
〜プロフィール〜
大学で児童心理学を学び、小学校教諭としてキャリアをスタート。これまで青森市内の大規模校・中規模校で学級担任や学年主任、教頭を務め、2022年4月より現職。公認心理師および日本教育カウンセラー協会中級教育カウンセラーの資格を持ち、子どもの心に寄り添う教育を大切にしている。また、先生の幸せ研究所主催の「先生のマイプロジェクト」に参加するなど、学校の枠を超えて学び続けている。日々、教育の現場で「みんなみんなが幸せになる学校とは?」「よりよい学校づくりとは?」と問いを立てながら、先生や子どもたちが共に成長できる環境づくりに取り組んでいる。
学校を、「やりたい」に向かって進める場所に
——まずは筒井小学校について教えてください。
私が現在校長を務めている青森市立筒井小学校は、全校児童477人、23学級を有する中規模校です。2025年度には創立150周年を迎える、長い歴史を持つ学校でもあります。2年前には新校舎が完成し、より良い教育環境が整いました。
私は2022年度から筒井小学校の校長として勤務しており、現在で4年目になります。この学校は、私にとって初めて校長として赴任した学校でもあります。

——柴田さんが校長として着任されてから、新校舎への引っ越しがあったのですね。
そうですね。旧校舎が最後の年に、この学校に着任しました。建物はとても古く、あちこちが壊れていて、学ぶ環境としてはなかなか大変なことも多かったです。同じ敷地内で新校舎の建設も進んでいたため、制限も多くありましたが、だからこそ逆に「やってやるぞ」という気持ちが湧いてきました。
子どもたちも、「旧校舎が今年で終わるなら、何か自分たちにできることはないかな?」と考えていたようです。そこで、子どもや保護者に「最後にやってみたいことはありますか?」と聞いてみたところ、「学校の中でお化け屋敷をやりたい」「みんなで校舎の中で鬼ごっこをしたい」「思いきり壁に落書きしたい」など、さまざまな声が挙がりました。
それらのアイデアを、PTAの保護者の方たちと一緒に、実現していったんです。
——子どもたちの企画を保護者も巻き込みながら、実現されたのですね。
子どもたちも保護者の方たちも、「子どもたちが出した意見が、実際に形になることがあるんだ」と感じてくれたようでした。
実は新校舎を建てる際にも、子どもたちの意見を取り入れたいと思い、「何か子どもたちに決めさせてもらえませんか?」と建築業者の方に相談したんです。すると、トイレのドアの色など、一部の仕様を子どもたちに選ばせてもらえることになりました。そんな風にして、「学校は、大人だけがつくるものではないよ。君たちもつくり手なんだよ」というメッセージを、子どもたちに伝えていきました。
——子どもたちにも“学校をつくる一員”として関ってもらうようにする姿勢が印象的です。こうした考えは、当初から意識されていたのでしょうか?
子どもにとっても保護者にとっても、学校って「先生に言われたことをちゃんと守るのが一番大事で、いい子にするべき場」と捉えられがちな気がするんですよね。でも私は、「みんなで学校をつくっていこう」と伝えたかったんです。だからこそ、1年目にはその“種まき”となるような取り組みを、少しずつ始めていきました。
学校は、自分の「やりたい」に向かって進める場所であってほしい。だから私は、誰かのやりたいことを止めず、応援できる学校を目指したいと思っています。
学びを成果や見た目でジャッジしない「学びチャレンジデー」
——多くの人の声を聞き、意思決定に参加できる学校づくりをされているのですね。「みんなで学校をつくろう」と伝え続ける中で、どのような変化がありましたか?
2024年度に入ってから、特に子どもたちの動きが加速していった実感があります。例えば委員会活動。これまでは「月曜日は〇〇を担当する子、火曜日は別の子」など、当番のような役割が中心でした。先生たちもそれが当たり前だと取り組んでいたのですが、次第に子どもたちから活動のアイデアがたくさん出てくるようになったんです。
体育委員会が、ドッジボール大会を企画したり、保健委員会がお化け屋敷大会を企画したりして、私のところに「やってみたいです」と持ってきたことがありました。「いいね。でも、なんでそれをやりたいの?」と聞いたら、「これはストレス発散のためなんです。心と体の健康のための企画です」と、しっかりと企画書を見せてくれて(笑)。本当にユニークで、すごいなと思いました。
そんな動きを見て、他の委員会も「じゃあ、私たちは筒井小のあいさつキャラクターを作ろう」とか、「赤い羽根募金に協力してくれた人にオリジナルステッカーをプレゼントしよう」といったアイデアを実行していきました。
さらに、校舎内に「ありがとうコーナー」という掲示スペースをつくって、日ごろの“ありがとう”を自由に書いて伝え合う取り組みも生まれました。子どもたちが自分たちで動き始めた姿を見て、「私もやらなきゃ!」と、すごく励まされました。

——子どもたちらしいアイデアばかりですね。
かわいいですよね。こうした取り組みが突然始まると、「1つの委員会だけ、飛び抜けたことはしないでほしい」という声が先生の中から出てくることが、学校ではよくあると思うんです。でも、本校の先生方も素敵で、「おもしろそうだね、やってみたら?」と背中を押してくれるんです。
2024年度からは、月に1回、午前中で授業を終えて下校する「学びチャレンジデー」も始めました。午後は先生方が自分の“やってみたいこと”に取り組む時間。もちろん、子どもたちも自宅で好きなことにチャレンジする時間として過ごしています。
——大胆な改革のように感じます。どのように実現したのでしょうか?
実現にあたっては、授業時数の配当を見直し、余剰時数を削減しました。1〜4年生では、週に1時間ずつ授業を減らしたり、長期休業明けの1週間を午前授業にしたりもしました。法定時数はきちんと確保した上で、必要以上に“詰め込む”ことをやめるという判断でした。
もちろん最初は、「授業を減らして本当に大丈夫?」「保護者から何か言われない?」といった声もありました。でも私は、「この取り組みの責任は私が持ちます」と先生方に伝え、保護者の方にも丁寧に説明を重ねるようにしました。そうするうちに、少しずつ理解を得られるようになったのです。
——子どもたちや先生の反応はどうでしたか?
私たちはこの時間を「まなチャレ」と呼んでいるのですが、ある子が、次の日にとても大きな段ボールの作品を「校長先生、こんなの作ったんです!」と誇らしそうに持ってきてくれたんです。家のどこで作って、どこに置くの?っていうくらいの大きさだったんですけどね(笑)。
先生方には、この取り組みで子どもたちがやってきたことに対して、「成果や見た目でジャッジしないようにしましょう」とはっきり伝えました。
大人の「良い/悪い」を伝えてしまうと、子どもは“褒められそうなもの”を選ぶようになってしまう。本当にやりたいことが選べなくなるんです。たとえ大人が「えっ!?」と思うようなことでもOKにしましょう、と。
そして、「子どものチャレンジに耳を傾けて、『どんなことをやってきたの?』と楽しみながら聞いてあげてください」と先生方にお願いしました。すると、先生たちは子どもの生き生きとした表情にたくさん出会うようになってきて、「あれ?まなチャレって、もしかするとすごくいい取り組みなんじゃないか」と思うようになってきたようでした。

——先生方からは、どんなやりたいことが出てきたのでしょうか?
みんなで一緒にコーヒーの研究をしましたよ。いろいろな豆を持ち寄って、豆を挽くところからやってみました。中庭でコーヒー片手に会話もはずみましたね。また、スクールサポートスタッフの方は、コキアを育ててほうきを作ることに挑戦しました。

その経過を発表してくれて、とってもワクワクしました。他にも印象に残っているのは、「まなチャレの時間に美術館に行ってみたいんです」という先生の言葉です。「これまで校外学習で美術館に行ったことはほとんどなかったし、次年度以降の学習にそういうアイデアが加わってもいいと思うんです」と話してくれました。
それまでの先生方が持っていた“学び”のイメージは、ドリルやプリントに取り組むような、いわゆる“勉強”でした。授業中の課題も、放課後の宿題も先生が全て決めて、子どもたちは与えられたものをこなす。そんな構造が当たり前になっていました。
でも私は、まなチャレを始めるとき、「これまでの“学び”の枠を飛び越えて、もっと広い視点で捉えてみませんか」と伝えました。私たちは日々いろいろな場面から学んでいるし、それは子どもたちも同じです。だからこそ、まずは子どもに「学びって楽しいものなんだ」と感じてもらえるように、一度委ねてみませんか?と。
この取り組みにはさまざまな意見がありましたが、先生方の根底には「主体的な子どもになってほしい」という思いがありました。であればこそ、自分の学びを自信を持って選びとれる子に育つために、これまでとは違うアプローチを試してみようと対話を重ねて進んできました。

学校の当たり前を、地道に一つひとつ問い直す
——子どもたちのどんな取り組みも「ジャッジをしない」という姿勢に、多様性を尊重するまなざしを感じました。
特別支援学級に在籍している子どもたちの中には、強いこだわりを持つ子もいます。でも、その“こだわり”の中に、その子らしさがしっかり表れているんですよね。例えば、ある子はお母さんと一緒にたくさんクッキーを焼いてきたり、ブロック遊びが大好きな子は、自分の作品を写真に撮って見せてくれたり。そんな風に、それぞれの「その子らしさ」を大切にしたいなと思っています。
私は教育において、「誰一人諦めない」という考え方をとても大事にしています。そしてその実現には、一人ひとりが“自分で決める”経験を積み重ねていくことが欠かせないと感じています。
——「まなチャレ」は、学校の全ての子にとって、「自分の『やりたい』を認めてもらえる時間」なのだと感じました。柴田さんが「みんなが幸せな学校」をつくっていく上で、大事にしていることは何ですか?
日々、多様な子どもたちと向き合ってきて思うのは、子どもが“自分らしく”いられるための工夫って、何か特別なことをするわけじゃないということです。
例えば、学校には「当たり前」がたくさんありますよね。本校には学校指定のジャージがあるのですが、その素材が少しチクチクするらしく、「肌触りが苦手で着たくない」と感じている子もいるようなんです。そうした声を「わがまま」「甘え」「みんな我慢してるのに」と片づけないこと。学校の枠の中だけで判断しないこと。
大事なのは、そういった“当たり前”を一つひとつ問い直していくことだと思います。地味で、派手さは全然ないけれど、私はそういうことの積み重ねが、子どもたちの安心につながると信じています。
こんな風に話してはいますが、正直まだまだ筒井小にも“当たり前”はたくさん残っていると思います。これからみんなで考えていきたいことももちろんあります。でも私は、そういう当たり前を見直すときには、いつもこう伝えています。「まずやってみよう。失敗しても大丈夫。ダメだったら戻せばいい」って。完璧じゃなくてもいい。まずは一歩、やってみる。その繰り返しが、きっと空気を変えていくのだと思っています。

——「失敗OK。ダメだったらやめよう」と伝えることは、簡単そうに見えて実はとても勇気がいることだと思います。どうして、そう言い続けられるのでしょうか?
学校で過ごしている子どもたちも、保護者の方たちも、やっぱりどこかで「何かを間違えたら責められるんじゃないか」と不安を感じていることがあると思うんです。
でも、失敗しても許される・馬鹿にされない――そんな安心感があるからこそ、人って新しいことにチャレンジできるんですよね。子どもも、先生たちも、みんな同じだと思っています。だから私たち大人がまず、「失敗していいよ」ってちゃんと伝えられる存在でありたいよね、といつも話しています。
実際、私自身がよく失敗してます(笑)。職員や子どもたちから「校長先生、間違ってましたよ」って言われることが、しょっちゅうあります。でも、それを笑って受け止められる関係があるからこそ、「お互いに失敗しても大丈夫」と思える空気が広がっていくのだと思うんです。
——誰一人諦めない、誰にとっても安心で、楽しく過ごせる学校。きっと多くの先生が目指したい姿だと思います。明日から何かを変えてみたいと考える先生に、どんなアクションをおすすめしますか?
安心な場をつくるために、私が日々実践しているのが「カウントアップ」という取り組みです。1日の中で「いいな」と思ったことを見つけたら、ポケットに入れているカウンターをカチッと押すようにしています。
例えば、子どもが気持ちよくあいさつをしてくれたら、「今のあいさつ、すごく元気が出たよ!」と、その場でフィードバックする。そんなささやかな声掛けを意識してやってみるんです。そうすることで、自分の意識が“プラスの面”に向くようになるんですね。「カウントアップ」のコミュニティーがあって、全国の先生方と一緒に励まし合って取り組んでいます。
——最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
人って、何か新しいことを始めようとするとき、「これをやったら周りにどう思われるかな」と不安になるものですよね。ついブレーキを踏みそうになる。私はそんなとき、「難しくても、前例がなくても、可能性はある」という言葉をつぶやきます。私の大好きな「先生の幸せ研究所」の澤田真由美さんからもらった言葉です。
勇気が湧いてきませんか?そして、誰かの実践に触れて、そっと火を借りてみる。逆に、自分に灯っている火があるなら、それを誰かに手渡してみる。そうやって、先生同士だったり、子どもたちとも、安心とチャレンジの火がリレーのように広がっていくといいなと思っています。皆さんも、その一人になってほしい、いや、きっともうなっています!
<取材・文:先生の学校編集部/写真:ご本人提供 他>