「学校に戻す」から「学びを守る」へ、発想の転換を。「生徒が楽しく学ぶ」を最優先にするだけで、学びの多様化は実現できる
2023年度の文科省の調査では、小・中学校における不登校児童生徒数は過去最多の34万を超える中、2021年4月に岐阜市に開校した草潤中学校は「不登校になっても通いたい理想の学校」として全国から注目を集めている。
立ち上げから4年が経過した今、8倍の倍率を誇るこの学校の設立と運営にアドバイザーとして深く関わってきたのが、京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之さんだ。
教育の専門家ではない立場から「バーバパパの学校」というコンセプトを提唱し、子どもの好奇心を真ん中に置いた学びの場づくりを支援してきた。従来の不登校対策とは真逆の発想で生まれた草潤中学校の実践から、多様な子どもと向き合う公教育の可能性と課題について聞いた。
京都大学工学部精密工学科卒業。博士(工学)。経済産業省産業技術政策課 課長補佐(技術戦略)を経て2014年7月より京都大学総合博物館准教授に復職。NHK E テレ「カガクノミカタ」番組制作委員。日本科学未来館“ おや?”っこひろば総合監修者。2017年文部科学省 中央教育審議会委員(数理探究)。2025年大阪・関西万博日本館基本構想ワークショップ有識者。2020年岐阜市教育委員会 不登校特例校設立準備アドバイザーほか。2017年度文部科学大臣表彰・科学技術賞(理解増進部門)ほか受賞多数。著書に『問いのデザイン』(学芸出版社、2020)ほか。
理想の学校は、バーバパパの学校
——草潤中学校の立ち上げの際、理想の学校として『バーバパパの学校』を掲げられていたのが印象的でした。『バーバパパの学校』とはどのような学校ですか?
草潤中学校立ち上げの際、早川前教育長から「理想の学校とは?」と問われて、私は「バーバパパの学校です」と答えました。子どもの好奇心を真ん中に置いてから学ぶという順番にしていることが、バーバパパの学校の一番のメッセージです。

バーバファミリーが状況に応じて自在に変身できるように、子どもたちの多様な個性に向き合うには、大人も柔軟に形を変えられる存在でありたい。没個性で、同じ基準・同じ考え方の大人がずらりと並ぶだけでは、均質な学びの場しか生まれません。個別最適を掲げるなら、先生方にもそれに応じるだけの多様さが必要です。
ところが現実の学校では、先生が自分の「個」を抑え込むことが前提になりがちで、先生にとってもありのままいられないしんどさがある。理想の学びの場は、子どもにとっても先生にとっても「いい居場所」であるべきだと考えています。
そして、草潤中学校の立ち上げに携わる中で、私が一貫して大切にしていたのは「学びを守るのが第一」という考え方です。
——「学びを守る」ですか。
不登校の子どもを学校に戻すことは、あくまで手段の一つと考え直してほしい。しばしば“不登校対策=再登校”と捉えられがちですが、本質は通学の有無にかかわらず学びを途切れさせないこと、社会や周囲の人とのつながりを保つことだと考えています。
早川前教育長も「不登校になって仕方なく行く学校として、不登校特例校をつくりたいわけではない」とおっしゃっていました。だからこそ、「不登校になったらあそこへ行きたい」と思えるほどの理想の学校をどう実現するか——それが私たちの命題でした。
いくつかの学びの多様化学校立ち上げの様子を見てきて思うことは、「学びの多様化学校なら生徒を守れる可能性がある」ということを教職員が信じ切れない状況からスタートしてしまうと、先生の方が苦しんでしまうということ。教えることが好きで、秩序ある学級運営を大切にしてきたからこそ、その前提を見直すのは容易ではなく、現場が苦しくなりがちです。
その点、草潤中学校では教員の異動に際し「手挙げ制」を主に採用したことで、自分が経験してきた今までの学校教育だけでは全ての子どもたちを救えるわけではないことを実感した先生たちが意思を持って多く集まっていました。
もちろん、従来の学校が単に悪いわけではなく相性の問題でもあります。私が伝えたいのは、「1つのやり方だけで全員を導ける」という思い込みを一度手放し、選択肢を広げてほしいということです。
——草潤中学校は開校して4年が経ち、まさに「草潤で学びたい」と入学希望者が列をなす状況になっています。さまざまな特徴的な取り組みもありますが、どんな視点や考え方が従来の学校にあると「誰一人取り残されない学校」をつくることができるのでしょうか?
一番大事なのは、「子どもに学校を合わせられるかどうか」だと思います。これまではどうしても「子どもが学校に合わせる」前提になりがちで、教室のつくり方や時間割も、教える側の効率や少人数で回す都合から設計されていることが少なくありません。
卒業式や運動会の練習も、“見せるため”の要素が強く、必ずしも子ども自身のためとは言い切れない場面があります。子どものため以外の要素をできるだけそぎ落とせば、もっとシンプルになるはずです。

そのためには先生の業務を減らすのがまず重要です。働き方改革や人手不足の議論はありますが、業務削減の目的は「学校優先を子ども優先に切り替えるため」と明確にすることです。「2つ減らして、1つ新しいことを」を合言葉に、削った時間で草潤や学びの多様化学校の実践のような新しい取り組みを各校で試してもらえたら、と考えています。
特別支援教育の知見を、全教員に
——草潤中学校の取り組みの中で、特に印象的な取り組みはありますか?
講演会に呼ばれた際にも一番最初に話すのは、「校長室でお弁当を食べること」です。学校の中に、生徒が入れない部屋・入りにくい部屋を作らないことがポイントで、いちばん縁遠く感じる場所に、楽しく入る理由があれば、学校内で他のどこへも行きやすくなる。
校長先生と一度も話さないまま卒業する生徒は少なくありません。学校のトップこそ、もっとダイレクトにいろんな生徒と話してほしい。上意下達の組織文化を崩すには、いちばん遠いところ同士をつなげばいいという発想です。

次に大事だと思うのは、授業内容や自分の状態に合わせて教室を選べること。不登校の経験があると、体調や心身の調子に“良い日・難しい日”があります。みんなの中に入れる日もあれば、そうでない日もある。だから「教室に入らないと授業を受けられない」という運用は、子どもの実情にそぐわない。
学校に来られない日でも学びが続くようにするのが、義務教育の理念にかなうと思っています。教室の中だけが学びの場ではないはずなので、どこにいても授業に参加できる仕組みを用意すれば、「教室には入れないけれど授業は聞きたい」という子を受け止められます。
従来であれば、教室に入らないと見れなかった黒板も、今は1人1台のタブレットが小中学生には整備されているので、音楽室や図書室など教室外からの受講も技術的に可能となりました。生徒自身が学ぶ場所を選べることは、とても大きな意味を持ちます。
——「自分で選択する」という営みが、とても大事ですよね。
先日、草潤中学校の卒業生の一人が、大学に立ち寄って、話をしに来てくれました。中高時代から、今通っている大学の話も教えてくれたのですが、成人の集いで草潤の1期生みんなで集まるような計画を立てているそうで、母校にまた集まりたいと言ってくれていました。かつて学校が苦手になってしまう経験をされた生徒さんたちが、そう言ってくれること自体が、とてもうれしかった。
一方でその学生さんは「先生がとても大変そうだった」とも話してくれました。「不登校特例校ができたことによって、学びの多様化自体は広がってすごくうれしいけれど、学校と先生がまるで加害者みたいに落ち込んでいる。立場が追い込まれているのを見るのもつらいし相談の声も掛けにくい。むしろ先生たちをケアした方がいいんじゃないか」と。

本当にその通りで、学校でうまくものごとが進まないとき、学校や先生個人が全て原因として悪いわけではありません。効率的に知識を獲得するための学校という仕組みは、その時代時代には合理的な理由もありましたし、結果も伴いました。
みんながその効率的な教育システムの一翼を全うしてきた結果として日本の教育水準の今があります。だからこそ、物語全体を少しずつ書き換える準備が必要です。そのときに大切なのが、1人で動きを変えようとしないこと。
例えば、私が行う研修にも一つの組織からできるだけ2〜3人単位で参加してほしいとお願いしています。DXでもインクルーシブでも、1人で研修を受けると、元の組織に戻っていざはじめるときに“孤軍奮闘”になりがちで、結果として校内に波及しにくいからです。
複数人で同じことを学べば、学校に戻ってからいざその学びを生かそうとするときも支え合い、推進力を保つことができます。また、学びの多様化学校や特別支援学校を、教員3〜5年目あたりで経験できる人事制度をつくっても良いのではないかと思います。
——これまで私たちが取材をさせていただいた先生の中でも、特別支援学校や特別支援学級を経験された先生の「子ども観」は、他の先生方と異なると感じることが多かったです。
特別支援の現場を経験しているかどうかは、とても大きな要素です。インクルーシブデザインの話をする際にも、障害のある人などと実際に関わった経験があるだけでも「誰もが一人一人違う」という当たり前を身体で感じ取れます。
学校には“標準的な生徒像”があり、多くの子はそこに合わせないといけないと思って無理をしてしまいます。しかし、視覚・聴覚に課題がある子や発達障害のある子などは、その標準に合わせること自体が難しい。そこで初めて、先生が自ら手を伸ばして環境や支援を調整する——この経験が特別支援学級を経験するあいだに身につく力の要諦だと思います。
そうした経験が先生としての対応の“幅”となり、次の場面で必ず活きる。だからこそ、教員の「出発点」に近いタイミングで特別支援学校や学びの多様化学校に勤められる人事制度のようなものがあると良いのではないかと思います。

現状、特別支援学級のある学校数と比べて、経験のある教員数が足りない。先生の誰もがこの経験をしておいていただければ、生徒に届けられる支援の幅は確実に広がり、どんな生徒にも向き合いやすくなるはずです。
実際に、草潤中学校に勤めたことで良い気づきを得て次の学校に経験を展開しようと検討くださっている先生もいらっしゃいます。
——どのような気づきでしょうか?
ある先生は、以前勤めていた学校では制服があり、毎朝正門で「靴下が華美でないかどうか」などを点検していたそうです。けれど草潤に来て制服がないので、毎朝生徒の顔を見るようになったら、生徒が元気な日とそうでない日がすぐ分かるようになったと。
「私は今までの教員生活の中で、生徒の何を見たかったのだろうか」と疑問が湧いたそうです。今までの学校の当たり前を疑ってみるだけでも新たな気づきが得られる——そんなシンプルなことで見えてくることがあるかもしれませんね。
「生徒が楽しく学ぶ」を最優先に
——学びの多様化学校の「中学校」を取材すると、皆さん共通して挙げる課題があります。それは「不登校への理解がある高校がまだ少ないため、生徒が希望進路を選びにくい」という課題です。「不登校なのに全日制に通えるの?」と問われたり、安心して学べる高校の仕組みがまだ十分ではない、と。
率直に言えば、高校という学校種に対して生徒や保護者が期待していることと、先生や社会が提供していることに、かなり開きがあることを踏まえなければなりません。生徒や保護者からみれば、小中の次の学校という連続でとらえますが、一方の運営母体は市町村と都道府県というように自治体の広域性も異なります。
高校選びにおいては「自分の身と学びをどう守るか」という視点を親子で持っておいていただくことも大切だと思います。草潤中学校の高校版・大学版・企業版を作ればよいかというと、そう単純ではありません。草潤のような場が“ある”と知った上で、自分のいる場所がそうでなかった場合に求める場所との距離を測り、縮められる力を、小中学生のうちに育て始めてほしいと思います。
「不登校特例校は甘やかしではないか」と心無い言葉をぶつけられることもあります。社会がブラックな現実があるから、その練習をしておけという暴論ですが、それにあわせて学校までブラックにする理由はおかしい。世の中には理想を掲げる“ホワイト”な場ばかりではないことも事実ですが、自分の立ち振る舞いや場所の選び方次第では、環境を変えることができます。
小中学生のうちに自分にとっての居場所がどんな場所が適切かを知り、それを選びとれる力を養ってほしい。その上で高校や大学などの進路を選んでいけるのが望ましいと考えています。社会的な関心が高まっているとはいえ、必ずしも全ての学校が不登校にまっすぐに向き合ってくれるわけではない——その前提で自分なりにも備えることも必要だと思います。一方で、実在するはずの選択肢となる情報が届いていないことにも課題を感じます。

——どういうことでしょうか?
先日ある講演会のパネルディスカッションで、通級に通っていた卒業生や保護者、当時の先生方が「通級があったおかげで進学も就職もできた」と感謝を述べる一方で、「小中学校のときに通級の存在を知らなかった。もっと早く知っていれば“暗黒の9年”はなかった」と語る場面がありました。
つまり、せっかくその生徒さんにとって適切だった居場所があったにもかかわらず、その選択肢の情報が届いていなかったのです。まずはそうした情報を確実に共有すること。それだけでも「草潤のような場がどこかにある」という希望の広がりと同じような状況につながり、社会全体から否定されていないと感じられるはずです。
学びの多様化学校は、まだ数こそ少ないものの、各都道府県に次々に広がり、皆さんの子育て環境のそばにも存在しているという事実に大きな意味があると感じます。

また高校の進路選択においては、全日制・定時制・通信制の学校種の捉え方について、“できなければ次へ”という序列で捉える偏った発想が大人や社会の側に残っている限り、生徒はその選択をした瞬間に自己否定に入ってしまいます。
実際に学びの多様化を小中で経験したうえで、通信での学びが自分に適していると感じたとしても、通信制高校を選択したことが周囲から勝手に「消極的な選択をした」ように扱われてしまう。その現状をまず解きほぐさないと、子どもたちにとって本当の選択肢にはなりません。そういった大人側の偏った発想も見直す時期にあると思います。
——今後、多くの学校が「一人ひとりに合った学びのあり方」にシフトしていくためには、空間や時間、評価など、どこに手を入れるとよいとお考えですか?
草潤中学校をつくる前に実施した「理想の学校」ワークショップでは、「教室・時間割・通信簿を子どもの手に取り戻す」をコンセプトに据えました。
ところが現状を見渡すと、生徒が学校の中で自由に選べるものはほとんどなく、学校側から提示されたA〜Dの中から選ばされているに過ぎないという事実にぶちあたりました。
その結果、生徒には“自分の学びを自分でつくる”機会が学校の中でほとんど保障されていません。だからこそ、学ぶ場所・時間・内容を自分で設計する経験を、義務教育の間に積んでほしい。これこそが学びの多様化の核だと考えています。
学びの多様化学校はST比(生徒数に対する教員数の比率)が高く、標準時間を減らしているから時間割も融通が利いて授業を動かしやすいのは事実ですが、他校でも選択肢を増やす工夫は十分可能です。実際、単位制高校では時間割の柔軟な運用が行われています。そうした実践を、もっと広く真似してもらえたらと思います。
また、教室・時間割・通信簿を三位一体で変更することが必要です。どれか一つだけ変えても、他が持っている従来の考え方に引き戻されてしまう。空間と時間と評価は一体で改革することが本当は大事で、旧来型の学校にどこかで引き戻されないようにできるといいと思います。
——最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
インクルーシブデザインを説明するとき、「〜のために」から「〜とともに」へと言葉を置き換えることが重要だといつも伝えています。あなたのために何かを“してあげる”と考えてしまうより、あなたと一緒に考え、隣にいられる関係を目指すことが理想です。
説明や役割がないとそばにいられない状態は、まだ関係がしっかりとできていないという証拠で、縁側でただ並んで座りながら夕日を眺められるような関係——それこそがいちばん良い関係ではないでしょうか。
「生徒が楽しく学ぶ」を最優先にして学校の中の要素を考える順番を入れ替えるだけで、学びの多様化は実現できると思います。それは特別なことでも、難しいことでもありません。
先生の時間がないなら、まずは先生の作業を“2つ減らしてから、1つ新しいことを考える”。これを合言葉にしてみてください。
〈取材・文:先生の学校編集部/写真:先生の学校編集部、ご本人提供〉