独自の探究科目を立ち上げて約20年。かえつ有明中・高の「自分探し」を支える、プロジェクト型学習とは?

かえつ有明中・高等学校には、「サイエンス科」「プロジェクト科」という独自の科目がある。探究する学びに必要なスキルやマインドを養うために始まったこれらの科目は、約20年の試行錯誤の中で変化し続けてきた。
その結果、現在はプロジェクトに取り組むことを通して、それらの力を育む形になっている。他者と協働し、内省を繰り返すプロジェクトの時間は、「自分探し」の学習とも言えるそうだ。
そんな同校の取り組みの変遷や具体的な実践、試行錯誤から得た気づきについて、サイエンス科・プロジェクト科主任の田中理紗さんに、詳しく話を聞いた。

同校オリジナル科目「サイエンス科」、「プロジェクト科」において、生徒のワクワク感を大切にしながら、思考力・表現力育成のためのスキルやマインドを育成する授業を目指す。2018年には東京学芸大学教職大学院教育実践創成専攻で現学習指導要領と国際バカロレアのTOKの趣旨を踏まえた授業づくりに関する研究に取り組んだ。2019年にマサチューセッツ工科大学で開催された「Introduction to the Compassionate Systems Framework in Schools」ワークショップに参加し、システム思考教育やSELと出会う。2023-2024年にはEmory大学のSEE Learning Facilitator Certification Courseを受講。
探究する学びに必要な力を育む「サイエンス科」「プロジェクト科」
——まずは、かえつ有明中・高等学校について教えていただけますか?
本校は1903年に、創設者の嘉悦孝が神田区錦町にあった東京商業学校の校舎の一部を借り、日本で初めて女子を対象とした商業学校として創立されました。そして2006年には、有明にキャンパスを新築し共学化。嘉悦女子中学校・高等学校から、かえつ有明中学校・高等学校へと名前も変更されました。共学化と同時に、一定期間海外に居住した経験のある帰国生の受け入れについても強化するようになりました。
現在は教育理念に「生徒一人ひとりが持つ個性と才能を生かして、より良い世界を創り出すために主体的に行動できる人間へと成長できる基盤の育成」を掲げ、教育活動に取り組んでいます。

2006年から始まった探究する学びに取り組むオリジナル科目「サイエンス科」では、プロジェクト型学習を通じて、自分は何者かを知り(自分軸を確立する)、 多様な価値観を深く理解し(共に生きる)、 変動する社会で自分たちなりの生き方を創造する力を身につけて(学び方を学ぶ)いきます。立ち上がった当時は、探究の授業に取り組んでいる学校自体が少なく、とても珍しがられたそうです。
高校でも「新クラス」という探究に特化したコースが2015年に誕生したことをきっかけに、独自の教科として探究する学びをさらに深める科目「プロジェクト科」が新設されました。
中学校の「サイエンス科」は、プロジェクトを通して探究に必要な基礎的なスキルやマインドを培う場であり、さらに高校の「プロジェクト科」は、それらを使って実際に自分自身がやりたいプロジェクトに挑戦する場になっています。
——どのような取り組みをされているのでしょうか?
いろいろな知識を身につけ、探究し、深く考えるためには、その土台となるスキルやマインド、仲間と安心安全な環境をつくることがとても大切になってくるため、それらを身につけるための学びを取り入れています。
例えば、「システム思考」では、ものごとを部分的にではなく全体として理解し、さまざまな要素がどのように影響し合っているかを考えます。これは、複雑な問題に対して、多面的な視点を持つために役立ちます。
また、「SEL(Social Emotional Learning)」という、感情を理解し、他者との良好な関係を築くための学びでは、自己理解や共感といったスキルを学び、生徒同士が協力してプロジェクトを進める力を育てます。その一つである、「NVC(Nonviolent Communication)」は、相手を否定せず、互いの気持ちやニーズを尊重した対話の方法です。これにより、意見が異なる場面でも、相手と建設的なコミュニケーションを取ることができるようになります。
これらの学びをベースにしながら、生徒たちはプロジェクトに取り組んでいきます。

——実際の授業の様子について、詳しく教えてください。
各学年のテーマこそは決まっていますが、取り組む内容はそのとき目の前の生徒にとって一番いいと思うものを担当する先生方が相談して決めているため、新しいプロジェクトを立ち上げることもあれば、過去のプロジェクトを踏襲して取り組むこともあります。一例として、よく取り組むプロジェクトを紹介します。
中学1年生には、フィールドワークのスキルを学ぶために、私たちの学校がある臨海地区を探索し、地域のリーフレットを作るというプロジェクトや、ブレインストーミングのスキルを学ぶために、地域のお弁当屋さんとコラボレーションして、新しいお弁当のアイデアを考えて提案するプロジェクトがあります。

中学3年生であれば、1人1つプロジェクトを立ち上げて探究し、探究した内容について発表し、プレゼンテーションのスキルを学んでいきます。
プロジェクトには考える道筋として「情報収集・整理分析・統合」という3つの段階があり、情報収集であればブレインストーミング、マッピング、メモの取り方といったスキル、整理分析であれば、原因と結果の因果関係を分析したり、異なる意見を分類・グルーピングしたりするスキル、また統合の段階では、レポートや小論文、ポスターセッション、新聞の作成などというように、プロジェクト毎に異なるスキルを使用します。

高校生のプロジェクト科になると、授業の中で取り組むプロジェクトもあるのですが、外部とやりとりしながら進めるものの方が多いので、プロジェクトが進行するのに必要なスキルやマインドをさらに伸ばしたり、整えたりするような時間として機能しています。
スキルやマインドの定着には、情動が必要
——そもそも、サイエンス科はなぜ生まれたのでしょうか?
現在も引き継がれるサイエンス科のコンセプトは、どの教科でも共通して必要な学びのためのスキルやマインドを育成することです。
共学になった2006年に立ち上がった当初は、国語と理科の先生が協働して進めており、調べ学習中心の取り組みだったそうです。その後は批判的思考について学んだり、プレゼンテーションやブレインストーミングなど、アカデミックなスキルに注目した授業に取り組んでいました。
当時はその取り組みが最善と考えて進めていたのですが、スキルに特化した授業を進めるほど、実は学んだスキルが生徒に身についていないことに気づいたんです。

——なぜスキルが生徒たちに身についていなかったのでしょうか?
例えば「楽しい旅行のアイデアを出そう!」というテーマのもと、ブレインストーミングについて学んでいくのですが、いくら旅行のアイデアを出したとしても、その旅行は架空のものなので、実現されることはありません。
本来であれば探究するスキルは、何かを実現する過程で必要があって学ぶものなのに、ずっと「練習のための練習」をやっているような感覚に陥ってしまって。これでは、学びによって生徒の情動が動くことはなく、思うように定着していかなかったんです。
そこからの試行錯誤の過程では「まずは楽しい学びにしよう」と、マインドを重視しすぎた時期もあり、その結果、学びが本当に生まれているのか?と疑問に感じたこともありました。そこでの話し合いの中から、「やっぱりスキルも大事だったよね」という結論に至り、また変化していきました。
現在のSELをベースにした探究の形は、20年近く試行錯誤してきた結果、「探究に必要なスキルやマインドは、プロジェクトに取り組む過程で一番身につく」と気づいた結果と言えます。

——田中さんの印象に残っているプロジェクトは何ですか?
中学3年生のサイエンス科で取り組んでいる「世界を変える0.1%プロジェクト」ですね。このプロジェクトは2018年から始まった取り組みで、生徒たちがそれぞれやりたい形のプロジェクトをやって、やりたい形でプレゼンテーションをするというものです。
一番印象に残っているのは、ある3人の男子グループが取り組んだ「幸せとは何か」をテーマにしたプロジェクト。彼らは当初、幸せを「衣食住が満たされていること」と定義していました。そのため、衣食住が満たされていない人に話を聞こうと、ホームレスの支援をしている団体を訪ね、実際にホームレスの方に話を聞いたんです。
すると、話を聞かせてくれたホームレスの方々から「とても幸せを感じている」という話を聞いて驚き、生徒たちが定義していた「衣食住が満たされていたら幸せ」というものは崩れ、「衣食住だけが、幸せを定義するものではない」と考えるようになりました。
最終的には「幸せとは何か」について、3人の生徒が約30分かけて熱く発表をしてくれました。多感な時期の中学3年生の男子生徒たちが、幸せについて30分語りきった姿を見て、すごく感動したのを覚えています。
それまでは「私がおもしろい授業やプロジェクトを提供してあげないといけない」と思い込んでいました。でも、生徒たちにプロジェクトを組み立ててもらったら、私が提供するどんなおもしろいコンテンツよりもおもしろかったんですよね。この経験が私が持っていた授業に対する価値観をガラリと変えてくれました。
——どんな風に変わったのでしょうか?
その生徒たちのおかげで、プロジェクトを通して探究してほしいことに気づくことができたんです。正直最初は、なぜプロジェクトの学びに取り組んでいるのか、自分たちも腑に落ちていないところがありました。
でも彼らのおかげで「プロジェクトを通して探究しているのは、自分とは何者か、どのように周りとつながっていきたいのか、自分がどう世界に貢献したいのかを考えることだ」と理解できました。

プロジェクト型学習は、「自分探し」の学習
——サイエンス科・プロジェクト科を担当する他の先生方にも、何か変化があったらぜひ聞きたいです。
サイエンス科・プロジェクト科を担当する教員は、基本的に毎年立候補してもらって決めていて。立候補してくれた先生は、毎週設けている1時間の研修時間に、プロジェクトに必要なスキルやプロジェクトを進める上でベースになるマインドを育むシステム思考、SELやNVCなど、これからの教育で必要なことについて学んでいます。
先生も生徒と同じことを共に学んでいる感覚があります。

本校も、もともとは大学受験至上主義のところがありましたが、そのような雰囲気からは180度変わっていると思います。「探究なんて絶対にやりたくない」と言っていた先生方も、サイエンス科やプロジェクト科の授業を担当することを通して、探究する学びのおもしろさに気づき、授業が変わってきました。
そんな授業を覗いてみると、生徒も先生もとてもいい表情をしていて、私もうれしくなります。
実は新しい取り組みが始まったときは、学校内外から「本当にこの取り組みは必要なのか?」という声が上がったのも事実です。でも取り組みを積み重ねるうちに、生徒たちが探究のプロセスがなぜ大事なのか?について、自分たちの言葉で語ってくれるようになってきました。
自分軸を持った生徒の言葉がパワフルであること、学校説明会などで中学生や保護者に自信を持ってプレゼンする姿から、プロジェクト型学習や探究する学びの価値の高さが伝わってきました。生徒の様子がだんだんと変わってきて、先生方がその姿を見ることで、この学びの意味に気づくという循環も生まれています。
——ここまでの話を振り返って、改めて貴校にとってのプロジェクト型学習とは、どのようなものだと考えますか?
生徒がプロジェクトを通して、他者と関わったり自己内省を繰り返すことで自分自身の価値観に向き合っていく時間は、まさに「自分探し」の学習だなと思います。
私たちは基本的に「良いプロジェクト」「悪いプロジェクト」は存在しないと考えていて。例えば、私たちが理想とするプロジェクトに誘導し、賞を取ったような生徒を「すごい」と定義してしまうと、生徒たちが本来持っている可能性をつぶしてしまう危険があると思っています。
いかにその可能性をつぶさないか、を考えた結果、どのようなプロジェクトであっても「自分探しのために行っていた、と言えたらいいよね」という結論に至りました。

一見私たちにとっては意味を感じないプロジェクトに見えたとしても、早い段階でジャッジするのではなく「そのプロジェクトから何を学んでいるのか」を、生徒たちと一緒に大事に見つめていきたいと思っています。
サイエンス科・プロジェクト科のあり方は、試行錯誤の結果、時代や目の前の生徒に合わせてずっと変わり続けています。私たちはベストは変わり続けるとも思っているので、そのときに一番大事だと思うものを、先生たちと一緒にやっていきたいです。そして、そこから生まれてくれる「新しい何か」を楽しみに待ちたいなと思っています。
〈取材・文:鈴木 祥之/写真:先生の学校編集部〉