NVCを実践するかえつ有明中・高等学校 佐野副校長に聞く「分かり合えない」は起きる。乗り越える鍵は!?
学校で新しい取り組みや変革を進めるとき、同じ組織の中に「分かり合えない」という構造が生まれることは多いと聞く。
その原因も周囲の変化を生む起点も自分自身のあり方だと話すのは、10年以上前から自分にも相手にも優しいコミュニケーションNVC(Non Violent Communication)を教育現場で実践する佐野和之さんだ。
自分のあり方が周囲を変えるとは、どういうことなのか。たくさん悩んで大きな失敗もしたと話す佐野さんに、NVCを学び始めた経緯と学校での実践、そして実際に先生や生徒の間に起こった変化について聞いた。
大学卒業後、埼玉県の私立中高一貫校に勤務。新しい教育の手法を積極的に取り入れる一方で、教員間の温度差の壁にぶつかったことを機に、NVC、SELなどのコミュニケーション手法を学び、教育現場で実践を重ねる。2014年にかえつ有明中・高等学校に着任。「高校新クラス」立ち上げにかかわりながら、同校でもNVC、SELなどのコミュニケーションを実践。2021年度より副校長を務める。
組織の変化に分断はつきもの
——佐野さんは10年以上前からNVCを学び、先生同士や生徒、保護者とのコミュニケーションに取り入れてこられたそうですね。きっかけは何だったのでしょうか?
きっかけは、以前勤務していた学校での話にさかのぼります。その学校は、東大をはじめとする難関大学への進学実績を誇る進学校で、当然課題も多く出されていました。一部、高校から入学してくる生徒たちがいるのですが、彼らは中学時代に生徒会長もやり、部活の部長もやり、エネルギーにあふれているんですね。
ところが入学して1カ月くらいすると元気がない。話を聞くと「課題が多くて、それに集中したいので余計なことはしたくない。部活にも入る気がしない」と言うんです。進学のためとはいえ、こんなことをしていてはダメだと思いました。
当時の私は進路指導責任者で、高校生の総合的な探究の時間、中学生の道徳の時間をいただいて、社会や外部の人と出会い、将来の可能性があることを知って、そのために大学ヘ行くんだと、そういうことをちゃんと捉え直してほしいと思い、必死にプログラムをつくりました。
探究は今でこそ当たり前のものになりましたが、16年ほど前にスポーツ用品やお菓子メーカーとの新商品開発や、地域の商店街の活性化など、さまざまな外部の方たちとコラボしたテーマから、生徒たちが関心あるものを選択して探究するプログラムを取り入れていきました。
生徒たちは喜んでいましたが、このやり方についていけないといった先生方もいました。私はそのような状況を横目で見ながらも企画をガーっと走らせていたんです。でもあるとき、この状況は子どもたちにとって不利益だと気づきました。
——どのようなところに、子どもたちにとっての不利益を感じたのでしょうか?
学校の雰囲気が変わっていく際、「それいいね」という価値観の人と「これまでのやり方が大切」と考える人が出てきます。中学・高校では科目ごとに教える先生が変わるので、この先生はこう言っているけれど、別の先生は違うことを言っているという価値観のズレ、分断が生まれていました。
新しいプログラムで目の輝きを取り戻す生徒がいる一方で、先生の言うことに従うような、これまでのやり方が楽だと感じる生徒もいます。どちらを選べばいいのか、混沌とし始めてしまって。
こんな状況を望んでいたわけじゃない。子どものためにという思いは皆一緒のはずなのに、どうしたら一人ひとりが生き生きとし、なおかつ組織として同じ方向に進めるのかと、組織変革に意識が向いていきました。自分の考えを一生懸命説明したり、周囲を巻き込もうとしたり、1年くらい本当に悩んで悩んで。
ヒントを得ようといろいろな人の話を聞いたり、本を読んだりしていく中で、ある経営コンサルタントの方の本に「自身のあり方でクライアントが変わっていく」と書かれていました。問題を自分の外側にあると見ないで、自分自身のあり方によって周りが変容していく。それはすごいなと思って、より深く学びたいと講座に参加し、学び進める中でNVCやSEL(Social Emotional Learning | 社会的・情動的な学び)などに出会っていきました。
それからNVCのような共感的コミュニケーションを進路相談にも取り入れ、実践する過程を対外的にも発信していたことから、かえつ有明中・高等学校が探究的な学びを中心にした新しいコースを立ち上げようとしているときに声が掛かり、10年前の2014年に移ってきました。
大切に思うあり方で居続けること
——自分のあり方が周りの変化を生んでいく。その経過を知りたいです。どんな取り組みをされてきたのでしょうか?
同じような質問をいろいろな方からいただきます。NVCのワークを通じて職場で広めようと頑張ることも大切ですが、まずは取っ掛かりとして、近しい方とのコミュニケーションを丁寧に大切にすることをおすすめします。その人自身の日常的な他者との関わり方に共感的コミュニケーションが体現されていなければ、誰も興味を持ってはくれないと思うんですね。
私はNVCを通して、自分の内面を自分が理解できていない状態で他者と関わったとき、自分の言動が相手にさまざまな感情を引き起こすということを知りました。だから、自分と相手の内側に起こっていることに気づきながら対話することを大切にしたいと思ったんです。
私がかえつに来た最初の年にしたことは、たとえ雑談だったとしても話し手が「しっかりと聞いてもらえた、受け止めてもらえた」という感覚になるよう、丁寧に話を聞くことでした。丁寧に受け止めて、自分が感じたことを素直に返す。そうすると雑談がだんだん対話的になっていくんですね。
そして、その様子に興味を持った先生方と勉強会やワークが小さな単位から始まっていきました。すると、苦手にしていた保護者とのコミュニケーションに変化が生まれたり、相手のニーズをつかんで伝え返してあげたりすることで、荒れているだけに見えていた子が落ち着いていくような体験を先生方が得ていきます。
それでまた学びたくなる。その姿を見ている人がまた興味を持つ。そんな風に、広げるというよりむしろ広がっていったような感じでした。
——周りに伝えようとするのではなく、日常のコミュニケーションでNVCの実践を続けていかれたんですね。
そうですね。とはいえ私自身、残念なコミュニケーションを取ってしまうことが今もよくあります。そうした態度を取ってしまったことを自覚したら、なぜそうなったのか、自分の内側にある感情と、「本当はどうしたかったのか」という自分自身のニーズを探っていきます。それが分かったら素直に伝えて謝るんです。
「さっき本当はこういうことを望んでいたんだけど、うまくいってないというイライラが湧いてきて、つい強い口調で言ってしまった。嫌な気持ちにさせて申し訳ないと思っているので、謝らせてください」と。
そんなあり方が日常になっていくと、他の先生もそんな風にしてくれるんです。「さっきこんなこと言ってしまって、すみませんでした」って、ぶっきらぼうでも言ってくれるようになったり。
自分のコミュニケーションを自覚して、感情とニーズを素直に伝えること。これを大切だと思う人が、いかにそのあり方で日常を過ごすか。そういう誰かや何人かが起点になって、徐々に組織の風土になっていくんじゃないか。今はそう思っています。
引き込もうとせず、受け止める
——先生方のあり方が徐々に変化していったのですね。生徒たちにも何か変化はありましたか?
今、私たちの学校では、先生への研修、保護者への勉強会のほか、生徒には高校入学時のオリエンテーションでNVCのワークショップを実施した後、授業でも定期的に行うようにしています。
生徒の中には、自分の感情やニーズがよく分からない、そもそもこのワークをやる意味が分からないという反応をする子もいます。
でも彼らも高校生活の中でコミュニケーションの衝突を経験するんですよね。自分の中で思うところがあったり、何かのきっかけで「聞くって大事ですよね」と話してくれたりします。ワークと実体験がつながると、「こういうことか!」と気づく子が少しずつ出てくる。
だいたい1年ぐらい経つと、彼らの口から共感的コミュニケーションが大事と語られたり、自分たちでワークができるようになったりしていきます。
——うれしい変化ですね。佐野さんのお話から「分かり合えないは起きる、でも乗り越えていける」、そんな力強いメッセージを感じています。
そうですね。私も生徒から意見されることもあります。プログラムの進め方を想定して計画していっても、生徒からダメ出しされたりね。そんなときに、お互いの考えを出し合って納得感を持ったもので進めていくと、最初に期待した以上の成果が出ることもあります。
「分かり合えない」と感じるときの指摘は、実はこちらの想定に相手を引き込もうとしたことに、気づかせてくれるものではないかと思っていて。その指摘を必要以上のダメ出しと捉えてしまうと、相手に「分からない人」とレッテルを貼って、そこで関係が止まってしまうことがあるように思います。
相手の言葉に対して、自分がフラットでいられるかを試されているのかもしれないですね。
相手の考えも、それに傷ついている自分をも受け止めて、その上で自分で自分と対話しながら、自分の感情とニーズをつかんでいく。そのニーズがやはり自分がつくりたい世界だとしたら、また伝えるという選択をする。そのくり返しかもしれませんね。
〈取材・文:先生の学校編集部/写真:ご本人提供〉