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子どもが“すぐ実践できる”よう設計されたオランダ発のシティズンシップ教育。感情を扱い、話し合いで解決する力を幼児期から育む「ピースフルスクールプログラム」って、どんなプログラム?

子どもが“すぐ実践できる”よう設計されたオランダ発のシティズンシップ教育。感情を扱い、話し合いで解決する力を幼児期から育む「ピースフルスクールプログラム」って、どんなプログラム?

世界一子どもが幸せな国として知られるオランダ。しかし1990年代、この国でもいじめや子どもの問題行動が増加し、学級崩壊や子どもたちの荒れが深刻な問題となっていた。

そんな状況を対症療法ではなく根源的に解決するためのアプローチとして開発されたのが「ピースフルスクールプログラム」だ。現在は、オランダ全土の約1,000校(全体の約15%)に導入されているという。

このプログラムは単なる道徳教育ではなく、子どもたちが自らの力で民主的な社会をつくっていく力を育むシティズンシップ教育として注目を集めている。日本でもその導入が始まっている同プログラムについて、日本で普及の舵取りを担う熊平美香さんに話を聞いた。

写真:熊平 美香(くまひら みか)さん
熊平 美香(くまひら みか)さん
クマヒラセキュリティ財団 代表/21世紀学び研究所 代表/昭和女子大学キャリアカレッジ学院長

ハーバード大学経営大学院修了。2015年に21世紀学び研究所を設立し、企業と共に教育のエコシステムを創る活動を開始。幼児・小学校向けにシティズンシップ教育「ピースフルスクールプログラム」を展開。著書に、『リフレクション 自己とチームの成長を加速させる内省の技術』がある。Learning for AllなどNPO活動にも参画。


日本の「多様性を扱う力」の弱さは、社会全体の課題


2011年3月の東日本大震災の直後にオランダへ行きました。もともとは「子どもが世界一幸せ」と言われる国の教育を視察するつもりで、良い教育があるに違いないという期待で向かったのですが、実際は日本と真逆に感じる点が多く、目から鱗の連続でした。なかでもPSPの話を聞いたとき、「これだ」と思いました。

背景として、民主的な社会は“対立”を前提に成り立つと教わったことにハッとさせられました。私たちは「多様性を尊重しよう」という言葉をよく口にしますが、多様性があれば必ず対立も生まれるという当たり前の前提が頭に入っていなかった。

良い面だけを見て、現実の難しさを直視していなかったのだと気づきました。PSPでは、赤い帽子=けんか腰、青い帽子=譲歩、黄色い帽子=話し合い、と例えるのですが、日本ではまっとうな人ほど青い帽子(譲歩)をかぶりがち。その結果、極端な主張の方が現実を動かしてしまう。これは危ういと感じました。

もう一つ感じたのは、日本の企業でイノベーションが生まれにくいこと。日本では、職場で「違う意見が言いにくい」「ブレインストーミングでもすぐに誰かの意見を評価し否定する」など、これでは新しい発想が育ちません。多様性が化学反応を産むと言いますが、多様な意見が表出しなければ、化学反応も生まれません。

PSPで「民主社会は対立に基づく。意見が違っても友達でいられる」と聞いて、その通りだと思いました。学校でも、違いがいじめの原因になったり、授業に都合がよい子の方が先生から歓迎されがちだったりと、“多様性が良い”と言いつつ、実は受け止め切れていない現実があります。

日本の「多様性を扱う力」の弱さは、社会全体の課題です。このプログラムは、それを変えていくチャンスになり得ると感じました。


ユトレヒト市では、子どもの「安全感」を測る指標を定期的に調査していました。このプログラム導入後、その数値が大きく改善し、効果が確認されたことで一気に普及が進んだと聞いています。

ご存知のとおり、オランダは子どもの主観的幸福度が非常に高く、シティズンシップ教育も2006年に義務化されています。ただし、同国は教育の自由(設立・理念・方法)が保障されているため、特定のプログラムに一本化されているわけではありません。

各校が自校の方針に合うものを選択しており、PSPはその中で導入校がおよそ15%を占めます。導入規模の目安でいえば、イエナプランは約3%ですので、PSPの約15%は、決して少なくない規模だと思います。


幼児が自分の感情を言葉にできるようになると、自分の考えを自分の言葉で述べられるようになるんです。幼児だと、例えば「○○ちゃんはリンゴが好き」と誰かが言うと、みんなが真似して「リンゴ好き」と言いがちですよね。でも自分の気持ちとつながることで、「私はこう思う」と言えるようになる。つまり感情リテラシーが上がると、思考力も上がることが分かりました。

さらに、毎日感情を共有することで「気持ちの違い」が当たり前になります。同じ出来事でも、人によって感じ方は違う。それが子どもたちにとって自然な前提になる。だから他人の気持ちを評価しない姿勢が育ちます。これは心理的安全性にとって極めて重要だと、子どもたちから教わりました。

子どもが「怖い」と言っても馬鹿にされない。「それはあなたの気持ちだね」と理解しようとする空気がある。誰も他人の感情を採点せず、理解に関心が向くので、イヤな気持ちでも正直に話せて受け止められる。そんなコミュニティはとても安心ですよね。

日本ではまだ十分にそこに到達できていないと感じます。人と接するとき距離を置きがちな場面が多い。だからこそ、この取り組みには人間関係のあり方そのものを変える可能性があると感じました。


「学んだことをすぐに実践できる」プログラム


このプログラムは、まずシティズンシップ(市民性)をどう定義するかという思想面から設計されています。既存の市民教育には「法律を守る・個人の責任を果たす市民」「ボランティアに積極的な市民」を育てるものがありますが、これらは独裁的な社会でも成立し得ると考えました。

そこで彼らは、「社会的正義を守る市民」を育てることを目標に据えたのです。「民主社会」と一口に言っても、例えば移民の増加のような社会環境の変化に合わせて理想の姿は変化する可能性があります。

だからこそ、その都度、理想の社会の姿と市民のあり方を問い直し、自ら理想の社会を更新し続けるために、正義を守る市民が必要であると考えました。そのために、このプログラムでは、批判的思考力を育むことも大切にしています。

私は、この説明を聞き、改めてこのプログラムの理念にとても共感しました。

また、PSPが素晴らしいのは、プログラムの開発初期から研究者(ミハ・デ・ウィンター教授ら)に加えて現場の校長先生が中核に入り、学校の中で子どもが自然に学べる仕立てに力を注いだ点です。子どもたちの日々の暮らしぶりから一つずつプログラムを積み上げたからこそ、厚みのある内容になっている。子どもにとって自然に学べる設計で、非認知能力やSocial Emotional Learning(社会性と情動の学習)にも通じる内容です。とても子どもに寄り添ったプログラムだと感じています。


おもしろいのは、子どもたちが学んだことをすぐ実践する点です。幼児ならなおさらで、例えば「けんかは話し合いで解決する」と学ぶと、家庭でも「お父さんお母さん、話し合いをしよう」と言い出します。

そこで私たちは、「道で見かけたけんかには介入しない」「自分より大人の事には介入しない」といった約束もセットで教えています。子どもは社会の一員として生きているので、学校だけでなく社会も巻き込む発想が必要になります。

教育理論の観点でも、学校の中だけで期待される行動なのか、家庭や地域でも一貫して期待される行動なのかは大きな違いです。後者であれば、その行動はやがて人格の一部になります。だからこそ、PSPは学校を越えてピース・コミュニティへと広がっていきました。

オランダでは部活動にあたる活動が地域クラブで行われます。そこで関わる指導者や、地域で子どもに声を掛ける警察官などの大人の関わり方もピースフルにそろえていく。ユトレヒトやアムステルダムなど、賛同する地域では「地域まるごとピースフル」の取り組みが始まっています。


例えば、警察官が何を教わっているかというと、PSPは「自分たちで問題を解決する」ことを前提にしているため、基本的に頭ごなしに「こうしなさい」とは言いません。子ども自身の振り返りと問題解決を促すことを前提に、警察官にもその前提に沿った声掛けをしてもらえるよう研修しているとうかがい、素敵だなと思いました。


全ては「感情」が発端。PSPは、感情を扱う練習をする仕組み


PSPの学習目標は、まず社会情動的スキルとして自尊心・自制心・共感・他者の立場に立つ力を育てます。中でも「感情を適切に扱えるようになる」ことを重視しています。問題行動や対立の扱い、話し合いによる解決はいずれも、感情を扱えなければ成り立たないからです。

全ては感情が発端ですよね。だから、感情を扱えるように幼児期から練習する仕組みを整えているところがすごいなと思いますね。子どもに対して、「感情を扱う・感情をコントロールする・制御する」ということを教える。大人でも難しいことなのに、子どもでも練習すればできるようになります。このプログラムを通じて「人を育てるとはどういうことか」を教わりました。

話を戻しますが、学習目標は「民主的な意思決定」「対立の解消」「社会的責任」「多様性の受容」の大枠のもとで、細かなスキルを一つずつ学んでいきます。民主制の仕組みそのものも扱います。これは日本でも制度の知識としては教えていると思いますが、大切なのは、これら4領域の行動を実際にできるようにすることです。

まさにコンピテンシー教育(=できるようにする教育)の好事例だと思います。日本の道徳教育は、まだ「考える」段階にとどまりがちで、「できるようになる」教育ではないなと思うんですね。日本の道徳教育との違いが何かと言われると、コンピテンシー教育が何かということを私たちも学べるところだと思います。


SELもPSPも、共通しているのは非認知領域であることだと思います。必要な力がきれいに整理されている点も共通です。社会では、知識・学力を行動に生かすことで初めて価値が生まれます。一方、学校では学力だけでもある程度やっていけてしまう。

もちろん勉強には努力が必要ですが、現実の社会で起こる出来事は感情の動きを強く伴います。感情を扱えないと、対立している相手と冷静に話し合うことができない、問題解決の方向性が定まらない、自分の願いが分からない、困難を越えるエネルギーが湧かないといった壁にぶつかります。

だからこそ、感情を扱う力を小さいうちから自分の生活の中で練習しておく必要があります。SELもPSPも、そのための機会をつくる点に価値があります。

ただ、学校現場ではこの重要性が実感として伝わりにくい部分もあると感じます。多くの「解けない問題」や「行き詰まり」の根っこには、感情に問題があります。感情が現状維持へと引き戻し、動けなくしてしまう。これは先生方にも当てはまる話です。

その上で、SELや「非認知能力」と呼ばれる領域、そしてPSPは親戚関係にあると思います。違いとして強調したいのは、PSPがコンピテンシー教育として非常に優れている点です。

子どもは「教わったら試す」存在ですが、PSPは試せるように教えます。すなわち、(1)何のためにやるのか(目的)が分かる、(2)どうやるのか(手順・スキル)が分かる。——この2つをセットで教えます。だから使えないことは教えない。

理想だけ掲げて「後は考えて」ではなく、子どもがすぐ使える実践レベルまで落とし込む。これは相当考え抜かれていないとできませんが、このプログラムは子どもの現実にきちんと寄り添って設計されています。その作り込みの深さや実行可能性が、他のプログラムとの大きな違いです。全体としてリフレクティブ(省察的)でもあります。


PSPは幼児期から始めるのが最適です。特に4〜5歳は伸びが大きい時期で、この段階で始めると後が楽になります。理由は、まだ経験が少なく、素直に取り入れられるからです。とはいえ小学生でも十分に可能性はあります。

小学校6年生と大人の遂行機能はあまり変わらないとも言われており、むしろ日本は小学生期を育て切れていないのでは、と感じています。オランダで印象的だったのは、小学6年生の仲介(ピア・メディエーション)を担う女の子の言葉です。

「メディエーターは、問題の解決はしません。当事者が問題解決のために話し合う環境を整えるのが私たちの役割です。私たちはどちらの肩も持ちません。中立の立場で、当事者同士が相互理解を進め、解決策を見出すための話し合いを支援するのが、私たちの役目です」という彼女の話を聞きながら、人間的な成熟度で完全に負けた、と本気で思いました。

同行していた当時大学1年生だった息子も「これじゃ日本は負けるね」と。要するに、大人が子どもに期待している水準が違うのです。オランダの子どもたちの様子から、日本の大人は子どもへの期待値に対する自らの認識を見直す必要があると感じます。小学生でも、自分の感情を制御し、けんかを話し合いで解決する力を育むことができます。

子どもが、「社会に責任を持つ大人」に育つためには、小さい頃から「自分も社会の一員である」という実感を持ち成長することが大切です。保育園や幼稚園は、子どもが人生で初めて経験する社会です。その社会で、子どもが尊重され、主体的に考え行動し、集団に貢献することを歓迎される経験がとてもとても大事です。

例えば、批判的に考えるというPSPのレッスンでは、子どもたちは疑問に思う学校の規則について、校長先生に説明を求めます。校長先生は、子どもたちの批判とその論拠に真摯に耳を傾けます。そして、校長先生も、大人に語るように丁寧に自分の考えを子どもたちに伝えます。このような大人との対等なやりとりを経験する子どもは、子ども扱いされて育つ子どもとは全く異なる成長を遂げます。どんなに小さくても子どもは社会の一員です。

日本財団の18歳調査では、日本の若者の社会への貢献意欲の低さが問題になっています。このプログラムを通して、その要因は、(1)子どもの能力に対する大人の期待値の低さ、(2)子どもを社会の一員と捉えない大人のマインドの2つではないかと思いました。

「社会を自分とは無関係なもの」と考えるのではなく、「私は社会の一員である」ことを実感し、多様な人たちと共に対立を超えて共生する技術を習得するピースフルスクールプログラムは、子どもたちが幸せな人生を送るための土台となる教育です。

だからこそ、幼児期からこのプログラムを始めることにとても大きな意義があるのではないかと思います。ピースフルスクールプログラムの導入にご興味のある保育園・幼稚園、小学校はぜひご連絡ください。

導入に関するお問い合わせについて>
https://peaceable-education.com/psp/

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〈取材・文:先生の学校編集部/写真:ご本人提供、無料素材使用〉