商品管理のような生徒指導から、生徒をエンパワメントする改革へ。「教育と福祉の連携」を基礎に、社会のセーフティネットを担う大阪府立西成高等学校の取り組みとは?
1974年に開校し昨年50周年を迎えた大阪府立西成高等学校では、社会の「セーフティネット」を担う高校として、さまざまな取り組みを実現してきた。
2006年に知的障がい生徒自立支援コースを設置し、2015年からは総合学科エンパワメントスクールへと改編。そして、2024年度からステップスクールとして新たなステージへと進んだ同校。50年の歴史の中で培われた教育の柱は、「教育と福祉の連携」にある。
「福祉は今、教育は未来」という言葉を軸に、全ての生徒が今と未来に希望を持てる環境づくりに取り組み続ける同校校長の山田勝治さんに話を聞いた。
〜プロフィール〜
1957年、大阪市西成区生まれ。1990年から2004年までの15年間、「成人識字」教室の運営に関わる。2005年、西成高校に教頭として赴任、2009年から2013年3月まで同校校長を務めた後、異動。2017年、同校校長として再赴任。
選別され尽くしてきた子たちが、もう一度チャンスをつかむ場所
——50周年を迎えた2024年度に「ステップスクール」として新たな一歩を踏み出したそうですが、ステップスクールとはどのような特徴を持つ学校なのでしょうか?
ステップスクールは、義務教育の段階で学校生活につまずきがあった子どもたちが、高校生活を通じて再び学び直し、就職や進学に向けて基礎的な学びを身につける場です。
2017年から取り組んできたエンパワメントスクール(※)での取り組みを踏まえて、ステップスクールはさらに一段進化させようと考えた私は、観点別評価が導入された際に「学校に来ていたら合格にしよう」と提案しました。そのときに、ある大学教授の先生からは「それはちょっと高校としては、もう少し別の要素も必要では…?」と指摘がありました。
私は「評価は判定するためのものではなく、応援するためにあるものだ」と考えています。銀行型教育(P・フレイレ)ではなく、その方との議論を受けて、本校ですでに始まっている「反貧困学習」などの探究型の学習を育てる方向を考えています。
※大阪府が定めた生徒の力を引き出すことを目的とした高校の制度のこと。特に、不登校や発達障害などの理由で、学校での学びが停滞してしまった生徒を対象に、学習の再スタートや、社会で活躍するための能力を養うことを目指したスクール。
——さまざまな子どもたちと出会い、サポートしてきたからこその視点ですよね。
体育の授業が多い日は体調が悪くて来られない子もいます。そういう子たちにとっても、「学校に来ること」自体がハードルにならないようにしてあげたいんです。地域からも「大阪市内や堺市の中学校でつまずいた子どもたちも、西成高校に行けば何とかしてくれる」と、期待の声をいただいています。
実際に、以前は非行に走っていた子たちも、今では学校に通って、もう一度人生を立て直している。そんな場所になってきています。だからステップスクールは、「地域に開かれた学校」なんです。特色はいろいろありますが、根本にあるのは「もう一度チャンスをもらえる場にしたい」という思いです。
すでにいろいろな学校で選別され尽くしてきた子たちが、もう一度やり直せる場所として機能させたいと思っています。そして将来的には「セカンドチャンススクール」になりたいと考えています。

——セカンドチャンススクールというのは、どのようなスクールでしょうか?
ヨーロッパには「セカンドチャンススクール(Second Chance Schools)」があります。これらの学校は、高校を中退した若者や就職困難な若者を対象に、教育の再スタートを支援するために設立されたものです。欧州連合(EU)では1995年から「Second Chance Schools」イニシアチブが開始され、各国で展開されています。
これらの学校は学業だけでなく、職業訓練や社会的スキルの習得を重視しており、若者たちが再び教育や就職の機会を得られるようサポートしています。小規模で100人ぐらいの学校なんですが、そういう学校の考え方を取り入れながら、本校のステップスクールのコンセプトを作りました。
ちなみに、ステップスクールの「STEP」という言葉には意味があります。
S:Self Respect(自己尊重)
T:Try Something New(新しいことに挑戦する)
E:Experiential Learning(体験的な学び)
P:Possibility(将来の可能性を見出す)
実際にこのコンセプトを作ったときに、ポルトガルのセカンドチャンススクールの関係者の方が「これ、うちのセカンドチャンススクールのコンセプトと同じだよ」と言ってくれて。やっぱり世界でも、もう一度やり直すチャンスを与える教育は共通して大事なんだなと思いました。
——西成高校がステップスクールとして取り組んでいることについて、具体的にいくつか教えていただけますか?
1年生の国語・数学・英語では、「学び直し」をサポートするためにモジュール授業を導入しています。これらの授業は習熟度別の少人数クラスで行われ、毎日それぞれ30分間の集中した学習時間が設けられています。
モジュール学習は2015年から始めた取り組みですが、それを始めてから生徒が学校に来るようになりました。だって、分からないことばかり教えられたら、来なくなりますよね。だから、「分かること」に取り組みます。

例えば、小学校で習うような社会科の基礎知識を学んだり、都道府県名を覚えたり。「かつて習ったこと」を思い出してもらうような形で、体系的な学びではなく、興味を持ってもらえるような内容を取り入れています。
そうすると「できた」がたくさん積み重なっていきます。生徒たちも、「馬鹿にしてんのか。こんなことぐらい分かるわい」とか言ってましたけど、そんなことから始めました。あとは、始業時刻を9時35分にしています。
——それはなぜでしょうか?
生徒たちの睡眠時間を確保するためです。夜22時までアルバイトしている生徒もいます。学校が終わって、バイトして、帰宅して、遊びたい気持ちもある。そうすると0時くらいに家に帰ることになり、翌朝8時登校なんて無理ですよ。だから、4年前に9時35分にしてみたんです。そうすれば、多少夜更かししても朝には来られる。結果、授業中に寝る子が減りました。でもね、遅刻は全然減らないです(笑)。
一方、9時35分始業にしたことで、先生たちの在校時間は15%ほど減りましたし、ストレスチェックの結果も大阪府の高校全体と比較しても低いという結果です。
これは8時30分〜9時30分の間に先生たちの打ち合わせや会議ができて、時間も決まっているからスパッと終わって、授業後に引きづらないことが影響しています。そんな効果もありました。
進路指導室ではなく、進路保障室
——「進路保障室」や「こども人権室」など、ネーミングもユニークですね。
校務分掌も毎年変えているので、1年たりとも同じだったことはありません。1回やってみて失敗だなって思ったら、すぐに潰して次のことをやる。そうやって、「進路保障室」という名前も作ったんですよ。もともとは進路指導課だったんですけど、障がいのある子も、ない子も、みんな一緒にサポートできるようにしたくて、「保障」という言葉にしました。
例えば、障がいのある子たちが就職活動するときに、自立支援コーディネーターが個別に面談して、企業訪問にも連れて行きます。目的は「月給と健康保険証を手に入れること」。これが自立の第一歩だから。
それから、生活保護の手続きや住居の確保もサポートしています。親との関係が上手くいっていない子もいるし、経済的に厳しい子も多い。だから、学校の役割は学力だけではなく、生活の基盤を整えることでもあるんですよね。

——「進路保障室」という名前には、安心感がありますね。
はい、それが狙いです。進学だけではなく、生きていくために必要なものを揃そろえる場所でありたいと思っています。
今、うちの学校は正規就労率がとても高い状況です。非正規の子もいますが、正社員の割合が多い。16〜7年前は、生活保護家庭の保護者が子どもの就職を止めることがありました。「お前が働いたら収入減るから、働くな」って言われることもあったんです。でも、今は少なくなりましたね。
ただ、世帯分離しないといけない問題もあるし、まだ課題はたくさんあります。でも、一つひとつ課題をクリアしていくことで、生徒たちの「生きる力」を育てていきたいと思っています。
——「こども人権室」は何をする場所なんですか?
昨年の4月に、人権教育推進室と自立支援教育室が統合し、「こども人権室」を新設しました。障がいのある子や部落差別など、差別に関する話は基本的にその部署で対応でするようにしています。
転勤してきたばかりの頃は、子どもたちとの接し方に戸惑っていた先生が、今ではこども人権室で子どものために真剣に取り組んでくれています。その先生は体育の先生で、赴任当初は「普通はこうだ」とか「常識ではこうするべきだ」と言う場面も多かったのですが、生徒から「俺、普通じゃないから」と言われて、ハッと気づいたんですね。その先生自身もいろいろな経験を経て、「普通」という言葉の危うさに気づいていきました。
そのうち、生徒のことを親身に見て、例えば「グループホームに入れるにはどうしたらいいですか?」とか、教師の枠を超えて子どもの生活全般のことまで面倒を見るようになってきました。

——教員生活の中で、そういった変化のきっかけは、どこかでありますよね。
そうなんですよ。最初は学校の方針に対して後ろ向きだった先生たちが、今では子どものために全力を尽くしてくれている。これをどうやって仕組み化していくかが次の課題ですね。
でも、これは中小企業の社長が仕組み化しようとしても、うまくいかないことが多いのと似ていて、個人の頭の中でやっていることを組織として引き継ぐのは難しい。単にルールを作るだけではなくて、リーダーを育てていかないといけない。毎年、人事異動の時期はハラハラします。
福祉は今、教育は未来
——西成高校の校長として12年以上学校運営に携わる中で、失敗もたくさんあったかと思います。その失敗をどのように乗り越えてこられたのでしょうか?
2015年のエンパワメントスクールへの移行時のことです。満を持して「セーフティネット」としての高校づくりを始めたとき、「良い学校」幻想に最も毒された方向性が現れました。「学力とは何か」の問いもないままに、「高校就職より大学進学がエライ」と言う世間の価値観に囚われてしまいました。
その結果として、学校の価値を上げるために「商品管理」のような生徒指導に流れていきました。朝、生徒が登校してくると「おはよう」よりも「第一ボタン締めろ」という指導。僕からすると、「いやいや、まずは“おはよう”でしょ」って。その結果、中途退学と留年生の増加という、目指していた方向性とは真逆の結果が現れました。
そこで再赴任した2017年以降、新たな学校経営方針のもと「教育と福祉の連携」を基礎に、学校の学習に集中できない環境で生きる生徒への丁寧なアセスメントを軸とした「エンパワメント改革2.0」という一連の改革を行ってきました。

——教育と福祉、ですか。
「教育と福祉の連携」ってよく言うでしょ?僕の中での大きな軸は、「福祉は今、教育は未来」なんです。要するに、今が安定しなければ未来はないんです。だから、うちはずっと教育と福祉の連携を進めてきました。
僕が生まれたのは戦後10年くらいの頃で、その頃はまだ道路も舗装されていなくて、木造アパートに住んでいました。貧富の差も今以上に極端にあったし、そういう中で「チャンスは平等であるべきだ」とずっと思ってました。でもチャンスが平等だったとしても、世代間連鎖などのさまざまな事情があって、同じスタートラインに立っているように見えても、実際には立っていない子たちがたくさんいる。
その中で、「よーいドン!」とスタートを切ったら、できる子もいれば、できない子もいるわけで。それを「お前が足りなかったんだよね」と指導するのは、おかしいわけですよ。だって、その前からの流れがあるんだから。だからこそ、一度その流れを戻してあげるための福祉が必要なんです。
今の日本の教育システムだと、極端に言うと、中学3年の成績で「できた」「できなかった」が判断され、一生が決まるような形になってしまっている。そこに対して、ずっとモヤモヤしたものがあります。だから、西成高校では「教育と福祉の連携」を掲げて、「もう一度チャンスをつかむ場所」を提供しています。
——私たちも不登校が増えている課題解決に、教育と福祉の連携が必要だと思っていたので、共感するばかりです。
いろいろな人が「できる」「できない」にこだわっていますよね。この子はできる子、この子はできない子。でも、「できる」「できない」だけじゃない見方もあるよね、という話です。
学校の評価って、結局「できる」「できない」か、「言うことを聞く」「聞かない」か、この2つしかないでしょ。「優しい」とか「思いやりがある」とか、「気がよくつく」とか「歌が上手い」とか、そういうことは評価されないんです。だからこそ、評価の多様性は、もっと考えられるべきじゃないかと思っています。

そして、「チャンスは平等」と言っても、既存のシステムでそのチャンスを切り開けるのは結局、「どれだけ暗記したか」という学力だけなんですよね。でも、それだけが全てではない。それはずっと違うなと思っています。
だからこそ、教職員と一丸となって「わかる授業の実現」、「話を聞く生徒指導」、「生徒の声を聞く生徒会」の取り組みなどに尽力してきました。その結果、近年は生徒の学校満足度が90%に達しています。これからも社会の「セーフティネット」を担う高等学校として、より良く進化していきたいと思います。
<取材・文:先生の学校編集部/写真:先生の学校編集部、ご本人ご提供>