生徒の自律性UP、教員の心理的負担はDOWN。生徒主体で学校を運営する横浜創英中学校が取り組む「全員担任制」の形とは?

神奈川県横浜市に校舎を構える私立横浜創英中学校では、2021年から「全員担任制」を導入し、学年全体で生徒を見守る新しい体制に取り組んでいる。
従来の固定担任制に比べ、教員一人ひとりの負担が軽減され、生徒対応の柔軟性が高まるといった成果が見られているという。一方で、責任の所在が曖昧になるなどの課題もあるようだが、これは多くの学校が直面する問題だ。
今回は、導入から3年を迎えた全員担任制の実際と今後の展望について、同校教頭の大森慶子さんと、中学2年生の学年主任を務める井元秀哉さんに話を聞いた。

横浜創英中学・高等学校 教頭
大学卒業後留学を経て一般企業に就職し、その後、横浜創英中学・高等学校にて教員になる。公立校・他の私立校を経験し、再び横浜創英中学・高等学校にて社会科教諭として勤務。今年度より現職。
井元秀哉(いもと しゅうや)さん【イラスト右】
横浜創英中学校 中学2年生学年主任
社会科教諭、バスケットボール部顧問。大学卒業後、新卒で横浜創英中学・高等学校に入職。中学や高校の担任を経て、現在中学2年生の学年主任を務める。教員歴14年目。
はじめに、横浜創英中学校の「全員担任制」導入の背景や取り組みの詳細について、同校教頭の大森 慶子さんに聞きました。
全ては生徒の自律性を育むために
——貴校では、2021年より「全員担任制」を導入されていますね。その背景についてお聞かせください。
「全員担任制」について説明するために、まず本校の教育目標からお話しさせてください。本校では、「『考えて行動のできる人』の育成」を教育方針に掲げ、2020年4月から「自律・対話・創造」という3つのコンピテンシーを生徒に身につけてほしいスキルとして打ち出し、学校全体の変革を進めてきました。
これからの社会はますます不確実なものになると予想される中で、生徒たちには自分で考え、自ら行動する力が必要です。また、異なる背景を持つ他者との対話を通じて問題を解決していく力も欠かせません。そして、新しい価値を生み出す創造力も重要です。こうした理由から、「自律・対話・創造」というスキルを重視しているのです。
さらに、「主体性」と「当事者意識」も大切にしています。従来から学校行事や学習において、生徒自身が主体的に関わることに重きを置いてきましたが、特にこの数年で、実際に生徒が中心となって学校運営が行われるようになってきたと感じています。

——具体的にはどのような形で生徒主体の運営を行っているのでしょうか。
例えば、入学式では、多くの学校で先生が司会進行を務めると思いますが、本校では今年から生徒が全てを実行しています。文化祭や体育祭も、ほとんど全てを生徒たちが中心になって運営しており、行事の最後に校長の講話などがないのも特徴です。
体育祭では、教員がマイクを持つ場面はほとんどなく、体育委員たちが全ての進行を仕切っています。修学旅行に関しても、先生たちはサポートに入るものの、基本的には生徒たちが旅行会社とやり取りしながら行き先を決めています。
さらに、学習面でも生徒の自主性を尊重した取り組みを行っています。
例えば、英語の授業ではいくつかの部屋を用意して、学年の枠を取り払い縦割りで、「先生に教わる部屋」「生徒自身で学ぶ部屋」「企業の講座を受ける部屋」などから、生徒が自分で選択して主体的に学んでいけるような仕組みを導入しているんです。もちろん、教員が授業を組み立てる形式もありますが、生徒が自らの学びを決定できる機会を大切にしています。
特に中学生はトラブルが発生することがありますが、その解決にも生徒が主体的に関わるように促しています。教員が一方的に解決策を提示するのではなく、生徒自身が「どうすれば解決できるか」を考えることで、自律性と当事者意識が育まれます。もちろん、教員はサポートを行いますが、基本的には生徒自身が問題に向き合う経験を積むことを重視しています。
このように、学校行事や日常生活全般において、自律、当事者意識、主体性を柱にした運営をしており、「全員担任制」も、これらの3つの柱を育むための一環として取り組んでいるのです。
学年ごとのシフト制とローテーションで支える全員担任制。教員同士もフラットに
——横浜創英中学校における全員担任制の詳細について教えてください。
本校の全員担任制は、特定の教員だけが1つのクラスを担当するのではなく、学年全体で生徒たちを見守る仕組みです。細かな運用は各学年に任されており、統一されたルールはありません。
例えば、1年生では5クラスを9人の教員が日々ローテーションで担当しています。同様に、2年生は4クラスを7人、3年生は3クラスを6人で回す体制です。

この制度は導入してからまだ3年目のため、試行錯誤を繰り返しながら、より良い運用方法を模索している段階です。
例えば、4月の入学直後は、担任を毎日ローテーションすると、ある先生は生徒と1週間に一度も顔を合わせないことがあります。そうなると顔と名前が覚えられないという問題が生まれてしまうので、4月はローテーションする教員の数を減らし、特定の教員が多くの時間をクラス担任として担当するようにシフトを工夫しています。このように、各学年で柔軟に対応しながら工夫しているようです。
——先生方はシフトを組んで全員担任制のローテーションを回しているのですね。
本校は週6日制を採用しており、日曜日は全員休みですが、教員は、日曜日以外のもう1日を所定休日としています。火曜日と金曜日は全員出勤日なので、それ以外の平日に交代で休みをとるシフト制で動いているんです。こうした休みを考慮しながら、効率的にローテーションを組んでいる形です。
——全員担任制の導入にあたって、現場からの抵抗はありませんでしたか?
2020年に前校長が着任し、学校改革が始まる中で全員担任制の話が持ち上がったのが、直接のきっかけです。ただ、本校ではもともと学年所属の教員を含めた学年の教員全員で生徒と関わっており、2つのクラスを担任2人、学年所属の教員2人の計4人で見ていたんです。
担任は基本的に1つのクラスをメインに見ていましたが、学年所属の教員はどちらのクラスも行き来して担任と協力しながら指導するような形を取っていたため、以前から教員全員で学年の生徒を見守るような土壌はありました。
そのため、全員担任制の話が持ち上がったときも、大きな混乱はなく、むしろ「できるんじゃないか」という前向きな反応が多かったです。ただし、具体的な運用方法に関しては手探りの部分が多く、教員たちで試行錯誤しながら進めていきました。

——具体的には、どのような議論が行われたのか気になります。
各学年の先生方が「こうすればうまくいくのではないか」と意見を出し合い、膝をつき合わせて話し合いながら、細かい運用ルールを一つ一つ決めていきました。シフト制だと、口頭だけのコミュニケーションではどうしても伝達事項に抜け漏れが出るという課題がありました。
そこで、誰かが「スプレッドシートを使って情報を管理したらどうか」と提案し、「それはいいね!」という形で、各学年の教員が工夫を重ねてきました。現在では、どの学年もやることリストを作って、伝達事項やタスクの抜け漏れが起きないように取り組んでいます。
——まさに、先生方がチームとなって運用方法を考えてきたのですね。全員担任制導入前との違いはどんなところにありますか?
私も以前、学年所属を経験したことがありますが、個人的な感覚としては、「クラス運営の責任を担っているのは担任だ」という意識が強かったです。そのため、担任の先生の方針や希望を尊重し、学年所属の教員としてはそれをサポートするという立場で動いていました。特に、担任の先生が私より若い世代であっても、意見を出せば尊重してくれるだろうと感じつつも、あえて意見を控えるなど、一定の配慮をしていたこともありました。
しかし、全員担任制になると、皆で一緒に考えるというスタンスなので、そうした配慮を気にせずに自分の色を出しやすくなり、教員同士がよりフラットな関係で意見を交換できる場が生まれていると思います。とはいえ、自分の色を出し過ぎないようにバランスを取ることも大切ですね。
最大の恩恵は、教員の心理的負担の軽減
——教員同士の関係性以外で、全員担任制を導入してから見られた変化はありますか?
まず、生徒対応がすごくしやすくなったと感じます。
固定担任制では、担任が全ての責任を背負い、トラブル対応なども1人で抱え込むことが多かったのですが、1人で解決するのって、辛いですよね。特に、自分のクラスでトラブルが頻発すると、「自分に何か問題があるのでは」と追い込まれてしまう先生もいるでしょう。
その点、全員担任制では全員で状況を把握し、チームで解決に向けて動けるため、誰か1人が全ての責任を背負い込まなくて済むことはとてもありがたいですね。
トラブル対応で忙しい先生が他の業務に手が回らない場合でも、他の学年担任がすぐにカバーに入れますし、カバーしてもらって「申し訳ない」という遠慮も発生しません。結果として、教員一人ひとりの心理的負担が軽減され、チームとしての連携も深まっていると感じています。
生徒にとっても、信頼できる教員を自分で選んで相談できるという安心感があり、自律性を促す仕組みとしても効果を発揮していると感じます。
——先生たちの働き方改革という観点ではいかがでしょうか?
そうですね、全員担任制自体は働き方改革を目的に導入したわけではありませんが、結果的に教員の働き方改革にも貢献していると思います。教員のローテーションはシフト制になっていると先ほど説明しましたが、全員担任制のおかげで他の教員がカバーできる体制が整っているため、休みも取りやすくなっています。
——逆に、やりにくい点や課題はありますか?
やはり、責任の所在が曖昧になりやすいところが課題ですね。
例えば、この問い合わせに誰が対応するのか、といった細かなタスクが誰の役割か分からなくなってしまうことがあります。「誰かがやってくれるだろう」と放置してしまうこともあり得ます。そうした細かい確認こそ、しっかり声を掛け合って役割を明確にしていく必要はありますね。
——大森さんは、先生たちがチームで働くスタイルについて、どんなことを感じていらっしゃいますか?
私は、チームで動くことには非常に価値があると思っています。担任の先生が全てを1人で抱える状況は、やはり精神的にも辛く、負担も大きいです。確かに課題もありますが、それ以上にメリットの方が大きいと感じている先生が多く、全体的に好評です。
2年生の学年主任の視点から見た全員担任制、どうですか?
全員担任制について、現場の先生はその効果をどう感じているのか。中学2年生の学年主任としてチームを引っ張る井元秀哉さんに聞きました。
——全員担任制が始まる以前と導入後の状況をご覧になって、率直にどのように感じていますか?
固定担任制のときも、学年所属の先生を含めて学校行事や特別活動では学年全体で動いていたので、いわゆる「学級王国」のような雰囲気はもともとなかったんです。そのため、全員担任制の話が出たときも、特に抵抗感はありませんでした。むしろ「今までと何が違うんだろう?」と思ったほどです。
ただ、実際に全員担任制を導入してみると、細かな部分でいくつかの違いが出てきました。大前提として、固定担任制にも全員担任制にも、それぞれメリットとデメリットがあります。どちらを選択するにしても、その目的に合わせてどのようにデメリットをカバーしていくかが重要だと思っています。

——井元さんが感じている、全員担任制のメリットはどのようなものですか?
私が全員担任制を経験して感じるのは、生徒の自律性が確実に高まっていることです。
以前は特定の担任に頼るのが当たり前でしたが、今では学年全体でサポートする体制になり、生徒たちは複数の教員からさまざまな角度で支援を受けられるようになりました。生徒たちが自分で「どの先生に相談すればいいか」を選んで動いているなと感じます。
また、教員同士の得意分野を生かせる点も大きなメリットです。それぞれの先生が前向きに取り組んでくれるので、自分では思いつかないようなアプローチで、生徒たちが良い方向に変わっていくのを感じています。
集会やホームルーム、行事運営でも、僕ではできないようなことを他の先生方が実現してくれるので、本当にありがたく思っています。
——チーム担任制によって生徒の自律性が高まるという点は非常に興味深いですね。一方で、デメリットや課題に感じるのはどんなことでしょうか?
全員で生徒を見る分、どうしても情報の共有や責任の所在が曖昧になることがあります。これを解決するためには、教員間でしっかりコミュニケーションを取る必要があり、それが人によっては負担に感じられるかもしれません。そういう意味では、これがデメリットとなり得る部分かなと思います。
また、責任の所在に関しては、それならば「この案件はA先生」「この仕事はB先生」と役割を明確にする解決策が考えられます。それも重要だとは思いますが、個人的には少し思うところがあって。
全員担任制の目的が生徒たちの自律の促進であることを考えると、業務を細かく分担するよりも、各教員が自律的に行動できるようにした方が良いのではないかと感じています。あえて「誰が何を担当するか」を決めないことで、全員が当事者意識を持ち、責任感を持って前向きに取り組むようになると思います。
そのため、学年主任の立場にいる自分としては、最近では教員全員が主体的に関われるように声掛けを意識するようにしています。正直難しいですけどね…自分自身の課題でもあるところです。
——全員担任制(チーム担当制)を導入する上で、学校として大切なマインドセットや要素は何だと思いますか?
一番大切なのは、細かいことにこだわらず、柔軟に進めていくことだと思います。うまくいかない部分があれば、固定担任制に一部戻したっていいと思いますし、逆に行事の際だけチーム担任制を取り入れてみてもいい。
大切なことは、子どもたちの自律を促すために、学校として何を選ぶかです。やりながら改善していく姿勢が大事で、私たちも日々修正しながら「こういう場合はどうする?」と話し合いながら進めています。
そういう意味では、「全て自分1人でやろう」ではなく、「皆でやろう」というマインドがないと、なかなかうまくいかないかもしれません。
職場を見ていると、先生たちは本当によく会話しています。何か問題が起きたとき、1人で抱え込むのではなく、「どうする?」と話し合える環境があってこそ、全員担任制が機能するのだと思います。
私たちには特別なノウハウがあるわけではありませんが、生徒の自律を促す仕組みの一つとして全員担任制を取り入れ、その目的を見失わずに試行錯誤して進んできました。学校によってやり方は違ってくると思いますが、何か問題があれば、皆で解決策を考え、どうやって教員全員で生徒を見守り、サポートし、先生たちも働きやすくできるかを常にコミュニケーションを取りながら進めることが大事だと思います。
ただ、本校の全員担任制はあくまで生徒の自律を促すための仕組みの一つです。今のところ、この方法が先生たちの働き方にも良く、生徒を支援する上でも効果的だと感じているので採用していますが、全員担任制に固執しているわけではありません。
今後、さらに良い方法が見つかれば変わるかもしれませんし、そのプロセスで教員たちがチームとして機能していくように感じています。
〈取材・文:及川佳代子・先生の学校編集部/写真:横浜創英中学校ご提供〉